ジャパネット親子承継が示す経営バトンの渡し方
はじめに
日本のテレビショッピング業界を牽引してきたジャパネットたかた。その創業者・髙田明氏と、二代目社長である長男・髙田旭人氏の間には、数多くの激しい議論と衝突がありました。「おいおい、ちょっと待ってよ」と思わず声を上げるほどの場面もあったといいます。
しかし、この親子の「バチバチの関係」こそが、日本企業が抱える事業承継の課題を乗り越える鍵となりました。2015年の社長交代から10年、ジャパネットグループの売上高は2725億円と過去最高を更新し続けています。
本記事では、カリスマ創業者から二代目へのバトンタッチがなぜ成功したのか、その背景にある親子の信頼関係と経営哲学を紐解きます。
カリスマ創業者・髙田明の時代
テレビショッピングの革命児
髙田明氏は長崎県平戸市でカメラ店を営んでいたところから、1990年にラジオショッピングを開始し、1994年にテレビショッピング事業へ参入しました。独特の甲高い声と情熱的な語り口で「ジャパネットたかた」を全国区のブランドに育て上げた人物です。
売上高は1994年のテレビショッピング開始時の約43億円から、右肩上がりに成長を遂げました。髙田明氏自身がテレビに出演し、商品の魅力を直接伝えるスタイルは、日本のテレビ通販の象徴ともなりました。
危機と転機――2004年の顧客情報流出事件
2004年春、ジャパネットたかたは大規模な顧客情報流出事件に見舞われます。この事件をきっかけに、当時アメリカに留学していた長男の髙田旭人氏が帰国し、ジャパネットに入社することになります。この出来事が、後の事業承継の起点となりました。
親子の衝突と信頼構築
「バチバチの関係」が生んだ成長
髙田旭人氏は入社後、コールセンター、物流センター、バイヤー部門など、社内のあらゆる部門を経験しました。東京大学を卒業し、野村証券での勤務経験を持つ旭人氏は、論理的な分析力に長けていました。
一方、創業者の明氏は直感と情熱で経営を牽引するタイプです。この対照的な経営スタイルが、しばしば激しい衝突を生みました。旭人氏が論理的にまっすぐ主張してくると、明氏は「おいおい、ちょっと待ってよ」と感じることもあったといいます。
しかし、明氏はその姿勢について「あなたにはまだ経験がないでしょ、と言っても、論理的にまっすぐに主張してくる強さが彼にはあった」と、息子の資質を認めています。
「チャレンジデー」をめぐる対立
親子のバトルの象徴的なエピソードが、「ジャパネットチャレンジデー」の企画です。旭人氏が24時間限定で特定の商品を衝撃的な価格で販売するという新企画を提案した際、創業者である明氏は最後まで反対しました。
しかし旭人氏は引き下がらず、データと論理で説得を試みました。結果的にこの企画は大成功を収め、ジャパネットの新たな看板企画となります。このエピソードは、経験に基づく直感と、データに基づく論理のぶつかり合いが、企業にとってイノベーションを生む原動力になることを示しています。
仕事では厳しく、人間性は否定しない
注目すべきは、どれほど激しく衝突した日でも、髙田明氏が自宅に戻ると旭人氏に「気にするなよ」と電話をかけていたことです。仕事に関しては容赦なく意見を交わすものの、相手の人間性は決して否定しないという姿勢が、親子の信頼関係を支えていました。
この「厳しさと温かさの両立」は、事業承継における世代間の関係構築において、極めて重要な要素です。
カリスマ脱却と組織経営への転換
完全退任という異例の決断
2015年1月16日、髙田明氏は社長の座を旭人氏に譲りました。ここで注目すべきは、明氏が会長職にも就かなかったことです。その理由を明氏は「俺が残ったら、社員がみんな俺の方を見ちゃうから」と語っています。
日本の同族企業では、先代が会長や相談役として影響力を残すケースが一般的です。しかし明氏は、完全に表舞台から身を引くことで、旭人氏がリーダーシップを発揮できる環境を整えました。この潔い退任は、事業承継の成功において決定的な役割を果たしています。
権限移譲と組織力の強化
二代目社長となった旭人氏は、「カリスマ経営からの脱却」を掲げ、組織経営への転換を推進しました。具体的には、バイヤーに権限と責任を持たせ、特別大きな案件でなければ社長の決裁なしで仕入れを可能にするなど、現場への権限移譲を進めました。
また、コールセンターの働き方改革にも着手し、社員一人ひとりがやりがいを持って働ける環境づくりに注力しました。カリスマ一人の力に依存する経営から、チーム全体の力で成長する組織への転換です。
売上過去最高を更新し続ける実績
この戦略転換は、目覚ましい成果を上げています。旭人氏が社長就任後、ジャパネットグループは9年連続で増収を達成。2021年12月期には売上高2506億円で過去最高を記録し、2024年12月期には2725億円とさらに記録を更新しました。旭人氏は「2025年は大台の3000億円超えが一つの目安」とも発言しています。
テレビに出演しない社長のもとで過去最高売上を更新し続けているという事実は、カリスマ脱却が正しい選択だったことを証明しています。
新たな挑戦――長崎スタジアムシティ
通販企業から地域創生企業へ
旭人氏の経営改革は、通販事業にとどまりません。2017年に経営不振だったプロサッカーチーム「V・ファーレン長崎」をグループ会社化し、スポーツ事業に参入しました。
さらに2024年10月には、約1000億円を投じた「長崎スタジアムシティ」を開業。サッカースタジアムとバスケットボールアリーナを核とした複合施設で、民間主導の地域創生モデルとして全国から注目を集めています。
この大胆な投資判断は、創業者の明氏とは異なるタイプのリーダーシップを示すものです。通販企業の枠を超えて地域社会への貢献を目指す旭人氏のビジョンは、二代目ならではの新しい経営の形といえます。
注意点・展望
事業承継から学べる教訓
ジャパネットの事例は、日本企業の事業承継に多くの示唆を与えます。ただし、すべての企業に同じ方法が適用できるわけではありません。
髙田家の成功要因は、(1)後継者に十分な現場経験を積ませたこと、(2)意見の衝突を恐れず議論を重ねたこと、(3)先代が潔く完全退任したこと、の3点に集約されます。特に「完全退任」は多くの創業者にとって心理的ハードルが高い選択ですが、後継者の自立を促すうえで不可欠な要素です。
3000億円時代に向けた課題
売上3000億円という目標を掲げるジャパネットグループですが、通販市場の競争激化やEC化の進展など、課題も少なくありません。長崎スタジアムシティという巨額投資の回収も、今後の経営を左右する重要な要素となります。
まとめ
ジャパネットたかたの事業承継は、「カリスマ創業者」から「組織型経営者」への転換という、日本企業が直面する普遍的な課題に対する一つの模範解答です。親子間の激しい議論を経ながらも人間性を否定しない信頼関係、後継者に全権を委ねる先代の潔さ、そして権限移譲による組織力の強化――これらの要素が、売上過去最高という形で実を結んでいます。
中小企業の約6割が後継者不在といわれる日本において、ジャパネットの成功事例は、事業承継を検討するすべての経営者にとって、重要な参考になるのではないでしょうか。
参考資料:
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