野村不動産のD&I戦略 女性活躍より育休100%を急いだ理由
野村不動産が掲げた男女育休100%の狙い
「女性活躍」という言葉は、日本企業の人材戦略を語るうえで長く使われてきました。ただ、この言葉にはどこか「女性だけが頑張れば前に進む」という響きも残ります。実際、世界経済フォーラムの2025年版ジェンダーギャップ報告書では、日本は148カ国中118位でした。厚生労働省の2024年度調査でも、男性の育休取得率は40.5%まで上がった一方、なお過半には届いていません。
こうした中で、野村不動産グループがD&Iの初手として掲げたのが「男女育児休業取得率100%」でした。女性管理職比率の引き上げより前に、まず男性も含めて育休を当たり前にする。その順番には、不動産業界の組織文化を変えるという明確な意図があります。この記事では、公開資料を基に、その狙いと意味を整理します。
「女性活躍」より組織の前提を変える発想
女性だけの課題に閉じ込めないためのD&I
野村不動産ホールディングスのサステナビリティ開示を見ると、D&Iは人事施策ではなく、事業成長とリスク管理に関わる経営課題として位置付けられています。同社は「多様な人材が能力を最大限発揮し、社会の多様なニーズに応える商品・サービスを生み出すことで、長期的な企業成長に向けた価値創出を実現する」と明記しています。つまり、女性比率を上げること自体が目的ではなく、多様な視点を事業に埋め込むことが目的です。
この考え方に立つと、「女性活躍」という言葉だけでは不十分になります。女性にだけ支援策を厚くしても、職場に残る評価基準や働き方の前提が変わらなければ、結局は一部の個人に負荷が集まるからです。特に不動産業界は、営業や開発、現場対応などで長時間労働が前提化しやすく、従来は男性中心のキャリアモデルが強く残ってきました。だからこそ、女性支援より先に「誰が育児を担うのか」という前提を崩す必要がありました。
宇佐美氏の経歴が示す「個人の突破」から「制度の標準化」へ
現在、野村不動産ホールディングスでグループD&I推進を担当する執行役員は宇佐美直子氏です。公開プロフィールによれば、宇佐美氏は1993年に野村不動産へ入社し、テナント営業を担いながら2000年と2002年に育休を取得し、2013年にビルディング営業二部長、2019年に執行役員、2022年からグループD&I推進を担当しています。個人として先行事例を作ってきた人材が、制度設計側に回っている構図です。
この流れは象徴的です。先行世代の女性が「例外的に頑張って昇進する」段階から、組織の標準ルールを変える段階に移ったからです。実際、同社の2030年目標は女性マネジメント職層比率20%で、2025年3月期実績は18.9%まで上がっています。数字は改善していますが、なお重要なのは、女性を増やす前に評価や働き方の土台を変えることだと読み取れます。
なぜ最初の一歩が「男女育休100%」だったのか
育休は福利厚生ではなく、管理職の意識改革装置
野村不動産グループのD&Iロードマップでは、ステップ1のキーゴールに「男女育児休業取得率100%」と年休取得目標の達成を置いています。会社側は、この達成を通じて「職場環境の整備や管理職の意識の変化」につなげると説明しています。ここが重要です。育休取得率は、単なる福利厚生の利用率ではなく、上司と職場の運営能力を測る指標として扱われています。
男性が育休を取らない職場では、育児や介護の負担が女性側に偏りやすく、昇進・配置・評価にも見えない差が生まれます。逆に、男性も一定期間抜ける前提で人員配置や引き継ぎを回す職場では、「子育てがある社員は戦力化しにくい」という発想そのものが弱まります。女性活躍を掲げるより先に男性育休を徹底するのは、この構造を一気に変えやすいからです。
制度を実際に使わせるところまで踏み込んだ
野村不動産グループは、2025年3月期に男女育休取得率103.1%、うち男性102.3%を達成しました。2025年9月公表のリリースでは、男性育休取得率100%を2年連続で達成し、平均取得日数は29.7日以上としています。国全体の男性取得率40.5%と比べると、かなり高い水準です。
この差を生んでいるのは、制度の厚さと運用設計の両方です。グループの一部会社では、出生時育児休暇について最大28日間を有給化し、休業前賃金の手取り額100%を保障しています。さらに、出産前後に使える5日間の「バース休暇」も別枠で設けています。リリースでは、おめでとう面談や産後パパ育休の100%有給化などが取得促進に効いたと説明しており、制度を置くだけでなく、使う場面まで設計していることが分かります。
要するに、野村不動産が目指したのは「女性が休みやすい会社」ではなく、「誰が育児をしても回る会社」です。これなら女性だけが特別扱いされませんし、管理職の側も人材運用を組み替えざるを得ません。D&Iの最初の一歩としては極めて合理的です。
賃金格差66.1%と事業化への課題
もっとも、育休取得率100%だけでD&Iが完成するわけではありません。野村不動産グループの2025年3月期データでは、男女間賃金格差は全従業員で66.1%です。女性管理職比率も改善しているとはいえ、2030年目標の20%にまだ完全には届いていません。取得率は入口であり、昇進、配置、賃金、事業責任の配分まで変えられるかが次の勝負です。
一方で、同社は次の段階として「D&Iが事業活動に組み込まれる文化形成」を掲げ、インクルーシブデザインを商品やサービスへ取り込もうとしています。育休100%を職場づくりの改革に使い、その先で事業開発の質を変える。ここまでつながれば、D&Iは広報用の標語ではなく、競争力の源泉になります。
男女育休100%が変える組織標準
野村不動産の事例が示しているのは、女性活躍を女性だけの課題にしない方が、むしろ組織は速く変わるということです。最初の一歩を「男女育休100%」に置いたのは、女性支援を軽視したからではなく、評価と働き方の前提を変えるにはそこが最短だったからです。
今後の焦点は、その変化を昇進や賃金、事業責任にまで広げられるかどうかです。D&Iの成果は、制度の有無ではなく、組織の標準がどこまで書き換わったかで判断する必要があります。野村不動産は、その入口づくりではかなり先に進んでいる企業の一つです。
参考資料:
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