男性育休取得率上昇でも家事育児が増えにくい日本の構造と改革論点
はじめに
男性育休は、いまや「取るか取らないか」だけを問う段階ではありません。厚生労働省の育児休業制度特設サイトによると、男性の育休取得率は2023年度の30.1%から2024年度の40.5%へ上昇しました。制度面では確かに前進しています。
ただし、家庭内の現実は別の数字を示します。取得率が上がっても、家事や育児の実務分担が自動的に平等へ近づくとは限りません。本記事では、公開統計と国内外の研究をもとに、男性育休が広がっても家事・育児が増えにくい理由を整理し、2025年法改正後に何を見極めるべきかを読み解きます。
取得率上昇と家庭内分担のずれ
40.5%への上昇と残る時間格差
まず確認したいのは、取得率の上昇自体は軽視できない前進だという点です。40.5%という水準は、男性育休が例外的な制度から、一定の広がりを持つ制度へ移りつつあることを示します。企業の開示義務や制度周知の強化が、実際の行動変化を押し上げてきたことは間違いありません。
しかし、家の中の役割分担を見ると、改善の速度はかなり遅いままです。国立社会保障・人口問題研究所の第7回全国家庭動向調査では、家事総量を100としたとき、2008年から2022年まで一貫して妻の分担割合が80%を超え、夫側の増加は微増にとどまっています。総務省の社会生活基本調査を基にした大和総研の整理でも、末子が未就学の共働き世帯で2021年の夫の平日1日当たり家事時間は26分、育児時間は41分でした。妻は家事155分、育児188分で、差はなお大きいままです。
育休取得率の上昇と日常分担の改善が同じテンポで進んでいない以上、「取得したかどうか」と「その後に何が変わったか」は分けて考える必要があります。取得率は入口の指標ですが、家庭内分担の変化を見るには、時間の長さ、担当する家事の中身、復職後の働き方まで見なければ実態をつかめません。
取得率では見えない取得期間の短さ
このずれを生む大きな要因が、取得期間の短さです。労働政策研究・研修機構(JILPT)は、男性の育休取得者には1カ月以上の取得が少なく、多くが2週間未満で、5日未満という非常に短いケースも一定数あると指摘しています。つまり、取得率が上がっても、その中身が「数日休んだ」へ偏れば、生活の分担構造は大きく変わりにくいということです。
パーソル総合研究所の2024年公表資料も、同じ傾向を示しています。企業独自の特別休暇や有給休暇を含めても、男性の取得者の3割弱が1週間未満、約6割が1カ月未満でした。さらに同研究所は、取得率の高い企業でも中長期取得が進んでいるとは限らず、取得率を追うほど短期取得に偏る場合があると報告しています。
ここで重要なのは、短期取得が無意味だという話ではないことです。出産直後の母体回復期には、数日から数週間でも実務支援の効果があります。ただし、それだけでは保育園の送迎、病児対応、献立調整、家計や予定の管理といった、日常の家事育児を夫婦で再配分するところまでは到達しにくいのです。
分担が増えにくい構造要因
長時間労働と復職後の反転
日本で男性の家事・育児が増えにくい最大の構造要因は、やはり仕事時間の長さです。内閣府男女共同参画局の白書コラムによると、OECDの2020年比較で日本男性の有償労働時間は1日452分と比較国で最長水準でした。一方、無償労働時間は41分で、OECD平均の136分を大きく下回ります。仕事時間の長さと家の時間の短さが、国際比較でもはっきり表れています。
生活経済学研究の実証分析でも、男性の労働時間と通勤時間は家事育児時間とトレードオフの関係にあり、なお参画を阻害する要因だと示されています。30歳代男性は労働時間が最も長く、家事育児時間は0.8時間弱にとどまるとされました。つまり、育休中だけ一時的に家庭へ入れても、復職後に元の長時間労働へ戻れば、分担は反転しやすいのです。
この点は、取得率を押し上げる政策だけでは解けません。男性が家庭に入る時間を持続させるには、残業前提の職場運営、長い通勤、属人化した業務配分を変える必要があります。言い換えれば、育休は単独の制度ではなく、労働時間改革と一体で見なければ効果が薄れやすい政策です。
制度設計と職場運用のボトルネック
制度設計にも見落としやすい論点があります。JILPTは、男性育休には出産直後の母体回復や新生活立ち上げを支える局面と、母親の復職を支える局面の二つがあると整理しています。前者だけに偏ると、男性は産後すぐには家庭に入っても、その後の平常運転の育児を担わないまま終わりやすくなります。
企業側のKPI設定も影響します。取得率だけを目標にすると、組織としては「とにかく一度は休んでもらう」運用に寄りやすくなります。結果として、数日単位の取得が増えても、保育園送迎や発熱時対応の主担当は変わらない、という状況が起きます。育休がキャリア上のペナルティにならないことと、家庭内分担が実際に再設計されることは、似ているようで別問題です。
こうした課題を踏まえ、2025年の法改正では、従業員300人超企業への取得状況公表義務の拡大に加え、10月からは3歳から小学校就学前までの子を持つ労働者向けに、企業が二つ以上の柔軟な働き方の措置を整えることが義務付けられました。さらに、制度内容の個別周知や意向確認、仕事と育児の両立に関する意向聴取も義務化されています。ここで狙われているのは、取得率だけでなく、復職後まで含めた継続支援への転換です。
海外研究から見える変化の条件
ドイツとデンマークの政策効果
海外研究を見ると、父親の休業が家事育児分担に影響しうること自体は確認されています。ドイツの制度改革を分析したIZAの研究では、父親の休業取得は、その後の育児や家事への関与を長く押し上げる効果があり、母親の労働供給にもプラスの影響がありました。短い休業でも長期効果が生じうる点は、日本にとっても示唆的です。
ただし、同じく「父親向け休業を増やせばすべて解決する」とまでは言えません。2026年のNBER研究は、デンマークの父親向け休業拡充が、父母の休業配分を変え、育児能力に関する認識差やジェンダー規範を和らげ、出産後の賃金格差と労働時間格差も縮めたと報告しました。その一方で、家族が自由に休業配分を決めにくくなったことで、休業配分への満足度は下がりました。
ここから導ける論点は明確です。政策は行動と意識を変えられますが、家庭の納得感や職場運営との摩擦を無視すると反発も生みます。父親向け枠の拡充、所得補償、職場の穴埋め体制、復職後の柔軟勤務が組み合わさって初めて、分担の持続的な変化が起きやすくなると考えるべきです。
スペイン改革にみる世代間波及
スペインの父親休業改革を扱ったポンペウ・ファブラ大学の研究は、もう一つ重要な視点を示しています。父親が休業対象になった家庭の子どもは、12歳時点でより平等主義的なジェンダー観を持ち、母親と父親がともに労働市場と家庭に関わることを支持しやすい傾向が確認されました。父親の行動変化は、その場の家事時間だけでなく、子どもの規範形成にも波及するという結果です。
これは日本の議論でも見落としにくいポイントです。男性育休の価値は、直後の家事支援だけではありません。幼い時期に「父親が仕事だけでなく家の実務も担う」姿が日常化すれば、次世代の性別役割観まで変える可能性があります。短期の取得率だけでは測れない政策効果がある一方で、その効果は父親が実際に家庭責任を担ってこそ生じると読むべきでしょう。
注意点・展望
今後の議論で注意したいのは、「男性育休が増えた」と「女性の負担が軽くなった」を安易に同一視しないことです。国立社会保障・人口問題研究所の調査では、食材や日用品の在庫把握、献立決定といった見えない家事は約9割で妻側が担っています。目に見える抱っこや入浴だけでなく、予定調整や家事の段取りまで移らなければ、負担感は大きく変わりません。
展望としては、企業の評価軸が変わるかが焦点です。見るべき指標は、取得率だけでなく、1カ月以上の取得比率、復職後の柔軟勤務利用、保育園送迎や病児対応の分担、時間外労働の縮減です。2025年改正はその入口を整えましたが、実効性を左右するのは現場の上司運用と業務設計です。男性育休を「イベント」から「働き方の再設計」へ移せるかどうかが、次の分かれ目です。
まとめ
男性育休の取得率上昇は、日本社会が一歩進んだことを示しています。しかし、取得率の上昇だけでは家事・育児分担は大きく変わりません。短期取得への偏り、復職後の長時間労働、見えない家事の偏在、取得率偏重の企業運用が、家庭内の役割再編を鈍らせています。
公開統計と研究を総合すると、男性育休が効く条件はかなりはっきりしています。まとまった取得、復職後の柔軟な働き方、職場の業務再設計、そして家庭内での担当の見直しです。日本の男性育休の次の論点は「何人取ったか」ではなく、「取った結果として家の中の責任がどう再配分されたか」に移っています。
参考資料:
- 育児休業制度特設サイト|厚生労働省
- 法改正のポイント|育児休業制度特設サイト|厚生労働省
- コラム1 生活時間の国際比較|内閣府男女共同参画局
- 末子が就学前の夫婦の仕事時間、家事・育児関連時間(5年ごとの推移)|内閣府男女共同参画局
- 問題提起・論点整理「男性育休の考え方」|労働政策研究・研修機構
- 男性の育休取得をなぜ企業が推進すべきなのか|パーソル総合研究所
- 家事・育児を分担する男性がついにマイノリティではなくなった|大和総研
- 第7回全国家庭動向調査|国立社会保障・人口問題研究所
- 「第7回全国家庭動向調査」概要版(2024年3月8日訂正版)|国立社会保障・人口問題研究所
- ワーク・ライフ・バランス時代における男性の家事育児時間の規定要因等に関する実証分析|J-STAGE
- Fathers’ Parental Leave-Taking, Childcare Involvement and Mothers’ Labor Market Participation|IZA
- Changing gender norms across generations: Evidence from a paternity leave reform|Universitat Pompeu Fabra
- Expanding Paternity Leave: Effects on Beliefs, Norms, and Gender Gaps|NBER
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