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EV失速論を覆す低価格車競争、世界再編で問われる日本勢の勝機

by 田中 健司
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失速論の裏側にあるEV市場の二極化

「EVは失速した」という見方は、北米の販売減速や補助金縮小を切り取ると説得力を持ちます。しかし世界全体では、むしろ電動化が価格競争の段階へ移ったと見るべきです。国際エネルギー機関(IEA)は、2025年の世界の電気自動車販売が2000万台を超え、新車販売の4台に1台が電動車だったと整理しています。

重要なのは、環境意識の高い層が高価格車を買う市場から、燃料代と購入価格を見比べる大衆市場へ主戦場が移った点です。欧州では小型・中価格帯のEVが選択肢を増やし、東南アジアでは中国勢と地場勢が「初めて買う車」の候補に入り始めました。一方で米国は政策変更の反動を受けています。EVの現在地は失速ではなく、地域ごとの選別と低価格化の加速です。

欧州と新興国を動かす低価格EVの量産力

CO2規制と小型EVが押し上げる欧州需要

欧州のEV市場は、2024年に補助金縮小の影響で停滞感が強まりました。それでも2026年に入ると、規制対応と低価格モデル投入が重なり、再び伸びています。欧州自動車工業会(ACEA)によると、EUの2026年上半期の新車登録は前年同期比5.7%増で、BEVは122万890台、シェア20.7%でした。前年同期の15.6%から上昇しており、ガソリン車とディーゼル車の合計シェアは29.7%まで下がっています。

この変化は、消費者が急に環境志向になったからだけではありません。EUのCO2規制がメーカーに価格調整を迫り、街乗り用の小型EVが増えたことが大きいです。Renault 5 E-Techは、補助金適用後で2万680ユーロからの仕様を打ち出し、発売後に4万台超を販売したと発表されています。Citroen e-C3も、320km航続仕様を2万3300ユーロから、200km仕様を1万9990ユーロから投入する計画を掲げました。

安いEVは、単に装備を削った車ではありません。小型の車体、必要十分な電池容量、共通プラットフォーム、販売チャネルの簡素化を組み合わせることで、従来の内燃機関車と比較される土俵に近づいています。Dacia Springは、欧州で累計17万9000台超を販売し、2025年も小型EVの個人向け販売で存在感を示しました。欧州メーカーは中国車との競争にさらされながら、量販価格帯の車づくりを再学習している段階です。

英国のSMMTも、2026年のBEV市場が26.2%増え、乗用車販売に占めるシェアが27.4%へ上がるとの見通しを示しています。ゼロエミッション車義務化の目標には届きにくいとの警戒は残りますが、消費者の選択肢が広がれば販売は伸びるという事実も見えています。ここで問われるのは、EVの需要そのものではなく、メーカーが買いやすい価格と実用性を同時に出せるかどうかです。

東南アジアで進む国民車候補の入れ替わり

新興国では、EVが高級車から大衆車へ移る速度がさらに速く見えます。IEAは2025年の東南アジアの電気自動車販売が50万台超となり、域内新車販売の約2割に迫ったとしています。ベトナム、インドネシア、タイが伸びを主導し、ベトナムでは新車販売の約4割が電動車になりました。VinFastのVF3やVF5のような小型で安いモデルが、同じクラスのガソリン車を上回る販売を見せたことが象徴的です。

タイでは2025年の電気自動車販売が約14万台となり、新車販売の4分の1近くを占めました。購入補助、物品税の優遇、輸入関税の免除が普及を支えましたが、制度の狙いは販売促進にとどまりません。輸入優遇と引き換えに現地生産を求める仕組みにより、BYDなど中国勢が現地組み立てへ移りました。IEAは、BYD Dolphinのタイでの表示価格が2024年の約70万バーツから、2025年には約64万バーツへ下がったと分析しています。

インドネシアでも、2025年の電気自動車販売は新車販売の15%に達しました。中国からの輸入車が販売の約75%を占めた一方、Wulingなどの現地生産も広がっています。平均価格の内燃機関車に対する上乗せ幅は2024年の55%から2025年に約40%へ縮小しました。まだ完全な価格同等ではありませんが、燃料費の差を含めた総保有コストでは比較対象に入る水準です。

東南アジアの特徴は、政府が産業政策としてEVを使っていることです。輸入で市場を立ち上げ、販売が見えた段階で現地生産へ誘導する。これは日本メーカーが得意としてきた現地調達と生産移管の発想に近いですが、今回は中国勢が先に量産価格を握っています。過去に日本車が「壊れにくく買いやすい国民車」として築いたポジションに、低価格EVが入り込んでいます。

中国勢を鍛える価格競争と技術内製化

電池コストが作る価格差の構造

EVの安さを支える中心は電池です。BloombergNEFの2025年調査では、リチウムイオン電池パックの平均価格は1kWh当たり108ドルまで下がり、BEV向けパックは輸送用途で99ドルと100ドルを下回りました。LFP電池の平均価格は81ドルで、NMC系の128ドルを大きく下回ります。IEAも、2025年の世界のEV向け電池搭載量でLFPが55%超を占めたとしています。

この数字は、完成車の競争力に直結します。LFPはエネルギー密度では不利な面があるものの、安価で熱安定性が高く、日常利用の小型車や中価格帯SUVに向きます。中国ではLFP電池、セル、正極材、パック設計、車両制御を国内サプライチェーンで束ねられるため、価格を下げても商品性を保ちやすい構造があります。IEAは、2025年の中国の電池パック価格が北米より30%、欧州より35%低かったと分析しています。

完成車側でも価格差は広がっています。IEAによると、2025年に中国で販売されたBEVの約70%は、政府補助を除いても同等の内燃機関車より安い水準でした。小型車ではEVがガソリン車をほぼ置き換え、中型車でもBEVの価格上乗せ幅が前年の約20%から15%未満へ下がりました。SUVではBEVが内燃機関車と価格同等に達し、PHEVの一部はむしろ安くなっています。

国内淘汰から輸出競争へ向かう中国メーカー

中国市場は単純な成長市場ではありません。2026年4月の中国乗用車小売は前年同月比21.5%減でしたが、NEVの浸透率は61.4%と初めて6割を超えました。つまり、国内自動車市場が縮むなかで、ガソリン車がより大きく減り、EVとPHEVが相対的に主流になっています。CPCAデータを伝えるCnEVPostによれば、同月のNEV小売は84万9000台で、BEV小売は57万9000台でした。

この環境は、メーカーに値下げと技術更新を同時に迫ります。2026年上半期の中国NEV小売では、BYDが99万879台で首位、シェア21.1%でした。Geely、Changan、Leapmotor、HIMA、Tesla China、SAIC-GM-Wuling、Li Auto、Nio、Xiaomi EVが続きます。かつてのように補助金で販売台数を積むだけでは残れず、電池調達、ソフトウェア、販売金融、輸出網まで含めた総合力が問われています。

国内競争が激しくなるほど、輸出圧力は強まります。IEAは、中国が2025年に世界のEV生産の約75%を担い、中国製EVの輸出が250万台超へ倍増したとしています。2025年の中国の自動車輸出の35%超がEVになり、欧州と米国を除く市場で販売されたEVの55%は中国からの輸入でした。東南アジアでは、中国ブランドがEV販売の半分超を占め、ベトナムメーカーも3分の1を占めています。

輸出には摩擦もあります。EUは中国製BEVに相殺関税を課しましたが、価格差が大きい限り競争力は消えません。中国勢は完成車輸出、現地組み立て、合弁、ブランド別販売を組み合わせ、関税と補助金制度の間を縫って市場を取りに来ます。競争軸は「EVを作れるか」ではなく、「安く、速く、地域ごとに作り分けられるか」へ移っています。

ソフトと高速充電まで含む製造力

価格だけなら、新興メーカーでも一時的に下げられます。中国勢の強さは、価格競争と同時に技術投入の速度を落としていない点にあります。IEAは、2025年に1000V級の車両が登場し、2026年に入っても10分未満の急速充電をうたう発表が続いていると整理しています。超急速充電に対応できる車両はまだ世界の保有台数の5%未満ですが、販売とインフラは同時に増えています。

さらに、EVはソフトウェア定義車両との相性が高いです。電池管理、熱制御、運転支援、車載OS、OTA更新が商品価値を左右します。内燃機関車ではエンジンと変速機の作り込みが競争力の中心でしたが、EVでは電池とインバーター、制御ソフト、半導体調達、クラウド連携までが一体です。サプライヤー分業だけでは、原価と開発速度を同時に詰めるのが難しくなっています。

ここに日本勢の課題があります。品質保証、耐久性、量産現場の改善は依然として強みです。しかしEVでは、車両を出した後にソフトを更新し、電池調達を切り替え、価格改定を短い周期で行う運用力が必要です。製造現場の強さを、デジタル開発と調達設計に接続できなければ、安いEV市場では利益を残しにくくなります。

北米の踊り場と日本勢に残る猶予時間

北米市場が「失速論」の発信源になりやすいのは事実です。Kelley Blue Bookは、米国のEVシェアが2025年第3四半期に10.5%へ上がった後、第4四半期に5.8%へ下がり、通年では7.8%だったとしています。7500ドルの連邦税額控除終了を前に需要が前倒しされ、その反動が年末に出ました。IEAも、米国の2025年の電気自動車販売は新車販売の1割弱にとどまり、税額控除終了が年末の落ち込みと重なったと見ています。

ただし北米の減速を世界市場へ一般化するのは危険です。米国は大型SUVとピックアップの比率が高く、手頃な小型EVの選択肢が少ない市場です。充電網、住宅事情、政治的対立も需要を揺らします。言い換えれば、EVの本質的な失敗ではなく、価格帯と政策設計の問題です。IEAは2026年の世界EV販売を2300万台、全体の28%と見込んでいます。北米が踊り場でも、欧州、中国、新興国が別の速度で進みます。

日本メーカーにとって、ハイブリッドの好調は貴重な猶予です。Toyota Motor Europeは2026年上半期、総販売63万3617台のうち電動車が54万9332台、電動化比率87%だったと発表しました。BEV販売も前年同期比113%増となり、bZ4X、C-HR+、Urban Cruiserが需要を支えました。ハイブリッドで稼ぎながらBEVを増やす戦略は、資金面では合理的です。

問題は、その猶予がいつまで続くかです。低価格EV市場では、電池価格、現地生産、ソフト更新、販売金融が一体で効きます。ハイブリッドで高収益を維持できるうちに、EV専用車台、LFPを含む電池調達、地域別の小型車開発、ソフトウェア人材の内製化を進めなければ、次の量販価格帯で出遅れます。日本勢に必要なのは、EVかハイブリッドかの二者択一ではありません。稼げる技術で時間を買い、その時間を低価格EVの量産学習へ投じる経営判断です。

経営者がEV投資で見るべき三つの指標

今後のEV競争を見るうえで、経営者や投資家が注視すべき指標は三つあります。第一に、同じサイズの内燃機関車との購入価格差です。補助金込みの見せ方ではなく、補助金を除いた素の価格でどこまで近づいたかを見る必要があります。中国ではこの差がすでに逆転しつつあり、東南アジアでも縮小しています。

第二に、電池の調達構造です。LFPをどの地域で、どのコストで、どれだけ安定的に使えるかが量販EVの採算を左右します。第三に、開発リードタイムです。車台、電池、ソフト、販売価格を年単位ではなく四半期単位で見直せる企業ほど、市場変化に強くなります。

EV失速論は、北米の反動を説明する言葉としては一部正しいです。しかし世界の産業競争を説明する言葉としては粗すぎます。安いEVが市場を広げ、中国勢と欧州勢、新興国メーカーが量産学習を重ねています。日本勢が勝機を残すには、ハイブリッドの利益を守るだけでなく、低価格EVで利益を出す製造システムを早く作ることが必要です。

参考資料:

田中 健司

製造業・建設・インフラ

製造業・建設・インフラ産業を中心に取材。大企業の事業再編から建設現場の人手不足問題まで、日本の産業基盤の変化を追い続ける。

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