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介護離職を防ぐ企業統治、中核社員を失わない早期対応経営の要点

by 鈴木 麻衣子
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介護離職が経営課題に変わる背景

介護離職は、家庭の事情に見えるため、企業では「本人が相談してきたら対応する問題」と扱われがちです。しかし、実際には人員計画、権限移譲、内部統制、顧客対応を揺さぶる経営リスクです。厚生労働省の雇用動向調査をもとにした生命保険文化センターの整理では、2024年に「介護・看護」を理由に離職した人は約9.3万人でした。

しかも介護は、育児のように開始時期を予測しやすいとは限りません。親の入院、認知症の進行、遠距離介護、施設探しが重なり、社員本人が業務量を下げる判断をする前に、生活全体が崩れます。経営者に求められるのは、退職届が出た後の慰留ではなく、平時から「辞めなくてよい選択肢」を制度と職場運営に埋め込むことです。

相談前に退職が固まる職場の構造

介護は予告なく始まる業務リスク

総務省の就業構造基本調査は、介護をしながら働く人の存在を継続的に把握しています。企業側から見ると、問題は人数の多さだけではありません。介護に直面する年齢層が、管理職、熟練技術者、営業責任者、経理や法務のキーパーソンと重なりやすい点が重要です。厚生労働省も、介護者には企業の中核を担う労働者が少なくないと説明しています。

中核社員の介護離職は、単なる一人分の欠員ではありません。その人だけが知る取引経緯、判断基準、例外処理、社内外の人間関係が一気に失われます。採用費や引き継ぎ費用だけでなく、意思決定の遅れ、品質低下、若手育成の停滞も起きます。人的資本経営の観点では、これは個人の善意に依存していた業務設計の露呈です。

東京商工リサーチの企業調査では、介護離職者が発生した企業のうち、休業や休暇制度を利用しなかったケースが54.7%に上ったとされています。制度が社内規程にあるだけでは足りません。社員が制度の意味を知らず、上司も使わせ方を理解していなければ、制度は退職を止める装置になりません。

真面目な社員ほど抱え込む相談障壁

介護離職の難しさは、優秀で責任感の強い社員ほど早く限界を隠す点にあります。顧客に迷惑をかけたくない、評価を落としたくない、部下に負担を移したくないという感情が、相談を遅らせます。介護は家庭内の問題でもあるため、親の状態や兄弟姉妹との関係を職場で話しにくいという心理的抵抗もあります。

厚生労働省の2024年度委託調査では、職場に介護の相談をすることへの抵抗感について、就業中の労働者では2割から25%程度、離職者では4割弱が抵抗を感じる側に寄っていました。この差は重い意味を持ちます。退職した人ほど、在職中に相談する回路を持てなかった可能性があるためです。

「何かあれば言ってください」という声かけだけでは、介護の相談は出てきません。社員は、相談した後に業務から外されるのか、昇進に響くのか、同僚に知られるのかを見ています。人事制度の説明、管理職の初動、情報の守秘、代替要員の考え方があいまいな職場では、社員は相談ではなく退職を選びます。

企業統治の観点では、介護離職は情報の非対称性の問題でもあります。経営層は「相談がないから問題はない」と判断しがちですが、現場では既に遅刻、突発休、集中力低下、有給の細切れ取得が起きています。退職届は突然でも、兆候は突然ではありません。見えていないのは、社員の生活ではなく、経営側の検知設計です。

中核社員を残す両立支援の実装

40歳前後から始める制度周知

2025年4月施行の改正育児・介護休業法では、介護離職防止に向けた雇用環境整備、介護に直面した労働者への個別周知と意向確認、40歳到達時などの早期情報提供が企業に求められるようになりました。これは、人事部門だけの事務対応ではありません。経営者が「介護は発生後に対応する福利厚生」ではなく、「発生前に備える人的資本リスク」と位置付ける必要があります。

40歳前後の社員に情報提供する意味は、介護保険制度の被保険者になる時期と重なるからです。親が元気なうちに、地域包括支援センター、要介護認定、ケアマネジャー、介護サービス情報公表システムを知っていれば、初動は大きく変わります。社員が最初に知るべきことは、介護を自分一人で担う方法ではなく、仕事を続けるために外部資源を組み合わせる方法です。

情報提供は、社内ポータルに規程を置くだけでは弱いです。年1回の研修、管理職向けの対応フロー、40歳到達者への個別案内、家族で話すためのチェックリストを組み合わせる必要があります。特に中小企業では、人事専任者が少ないため、制度説明を標準化した資料と相談窓口の明示が実務上の鍵になります。

介護休業を体制構築に使う設計

介護休業は、対象家族1人につき3回、通算93日まで取得できます。厚生労働省は、休業期間を「自分が介護を行う期間」ではなく、仕事と介護を両立できる体制を整える準備期間と位置付けています。この理解は、企業にも社員にも不可欠です。

たとえば親が入院した直後、社員が必要とするのは長期の完全離脱だけではありません。要介護認定の申請、ケアマネジャーとの面談、住宅改修、デイサービスの調整、兄弟姉妹との役割分担など、短期集中で意思決定する時間です。ここで会社が「休むなら休む、働くなら働く」と二択を迫ると、社員は退職に傾きます。

介護休暇も重要です。対象家族が1人なら年5日、2人以上なら年10日まで、年次有給休暇とは別に取得できます。時間単位で使えるため、通院同行、ケアマネジャー面談、役所手続きに適しています。さらに雇用保険の介護休業給付では、一定要件のもと休業開始時賃金日額に支給日数と67%を乗じた額が基礎になります。金銭面の不安を和らげる情報も、早期に伝えるべきです。

属人化をほどく業務と権限の分散

制度周知と同時に進めるべきなのが、業務の脱属人化です。介護に直面した社員を支えるには、単に「休んでよい」と伝えるだけでなく、休める仕事の構造を作る必要があります。案件管理、承認権限、顧客情報、月次業務、トラブル対応を一人に集めたままでは、制度利用は現場の負担として処理されます。

経営者は、介護離職対策をBCPに近い発想で扱うべきです。特定社員が数週間抜けても止まらない業務、週数日の在宅勤務で継続できる業務、短時間勤務でも成果を測れる業務を棚卸しします。管理職には、相談を受けた際に事情を聞き過ぎず、人事と連携し、業務調整の選択肢を示す訓練が必要です。

厚生労働省の2024年度企業調査では、仕事と介護の両立支援のために相談や連携をしている専門職・地域資源について、「特にない」とする企業が75.4%でした。社外の介護相談窓口、地域包括支援センター、自治体窓口、都道府県労働局との接点を持たない企業が多いということです。ここは改善余地が大きい領域です。

介護の専門性を企業が内製化する必要はありません。むしろ、社内は雇用継続と業務調整、社外は介護サービスと家族支援という役割分担を明確にした方が実効性は高まります。重要なのは、社員が最初に人事へ相談した時点で、次にどこへ行けばよいかが分かる導線です。

法改正後に問われる企業統治の質

改正法への対応を、就業規則の更新だけで終わらせると危ういです。企業には雇用環境整備が求められており、研修、相談体制、取得事例の共有、制度利用を妨げない管理職教育まで含めて確認されます。法令順守は最低線であり、実際に社員が使えるかどうかがガバナンスの質を分けます。

注意すべきは、善意の不公平です。介護中の社員にだけ配慮が集中し、周囲の社員に業務が恒常的に移れば、職場の納得感は崩れます。だからこそ、代替要員、業務優先順位、権限委譲、評価基準をあらかじめ決める必要があります。介護支援は個別配慮であると同時に、組織設計の問題です。

また、プライバシー管理も欠かせません。社員の親の病状、家族関係、金銭事情は機微情報に近い扱いが必要です。管理職が善意で詳細を聞き出したり、職場に広げたりすれば、相談文化は壊れます。必要なのは、事情の詮索ではなく、勤務上の制約と必要な支援を確認することです。

経産省は、仕事と介護の両立支援を人的資本経営や人材不足へのリスクマネジメントとして位置付けています。採用難が続くなかで、経験者を失ってから採り直す経営は高くつきます。介護離職防止は福利厚生の充実策ではなく、知識、信用、収益機会を守る企業統治の実務です。

経営者が今月着手すべき三つの施策

まず、40歳以上の社員だけでなく全管理職に、介護休業、介護休暇、短時間勤務、所定外労働の制限、介護休業給付の基本を共有することです。制度名の羅列ではなく、どの場面で何を使うかを1枚で示す資料が有効です。

次に、相談ルートを複線化することです。直属上司、人事、外部相談窓口、地域包括支援センターへの案内を用意し、相談内容の守秘範囲を明示します。社員が「話したら不利になる」と感じる限り、制度は使われません。

最後に、重要業務の属人化を点検することです。顧客、承認、月次処理、障害対応を一人で抱える社員を可視化し、代替担当を決めます。介護離職対策の核心は、社員に我慢を求めることではありません。誰かの生活変化が起きても、仕事とキャリアを続けられる会社に作り替えることです。

参考資料:

鈴木 麻衣子

企業経営・コーポレートガバナンス

企業経営・コーポレートガバナンスを専門に取材。経営戦略の成功事例から不正会計の構造的問題まで、企業の「あり方」を鋭く問う。

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