明治チェルシー終売の舞台裏 53年ロングセラーの決断
はじめに
「もう一つ チェルシー もう一つ」——この印象的なCMソングとともに、多くの日本人の記憶に刻まれたキャンディーが、53年の歴史に幕を下ろしました。明治ホールディングス傘下の明治は、ロングセラー菓子「チェルシー」の販売終了を発表し、消費者や社員から惜しむ声が相次ぎました。
しかしその裏側には、数字に基づく冷静な経営判断がありました。本記事では、チェルシー終売の背景にある菓子市場の構造変化、明治が進める事業ポートフォリオの見直し、そして「情か数字か」という経営の普遍的な問いについて掘り下げます。
チェルシーの53年——愛されたロングセラーの軌跡
スコットランドの伝統から生まれたキャンディー
チェルシーは1971年に明治から発売されたバタースカッチ味のキャンディーです。英国スコットランドの伝統的なスカッチキャンディーをヒントに開発され、商品名はロンドンの地名「チェルシー」から名づけられました。
発売当初から独特のバター風味と上品な甘さで人気を博し、小岩井まりさんが歌ったCMソング「チェルシーの唄」は広く親しまれました。バタースカッチ味、ヨーグルトスカッチ味など複数のフレーバーが展開され、世代を超えて愛される定番商品として定着しました。
20年間で売上は5分の1に
しかし、チェルシーの売上は長期にわたり減少の一途をたどっていました。小売りベースの売上高は2002年の約25億円から2022年には約5億円へと、20年間で5分の1にまで縮小しています。
キャンディー市場全体のメインユーザーが30〜40代女性であるのに対し、チェルシーのコアユーザーは50代女性に偏っていました。これはロングセラー商品が抱える宿命的な課題です。かつてのファンは変わらず愛し続けてくれますが、若い世代への訴求力が年々低下していくのです。
終売を決めた「事業戦略レビュー」の仕組み
数値に基づく冷静な判断
明治の広報担当者は終売の理由を「市場環境や顧客ニーズの変化で、売り上げが低迷しこれ以上の継続は難しかった。苦渋の決断だった」と説明しています。
明治ホールディングスは事業ポートフォリオの見直しを経営の重要課題に据えています。食品セグメントを複数の事業領域に再構成し、各事業の収益性を精査する体制を整えました。「事業戦略レビュー」と呼ばれるこの仕組みでは、個々のブランドの売上推移、収益性、市場でのポジション、成長可能性などを定量的に評価します。
チェルシーは、この数値に基づく評価の中で「継続困難」と判断されました。どれほど長い歴史を持ち、消費者に愛されていたとしても、収益性が改善する見込みがなければ撤退を決断する。この厳しい姿勢が明治の経営判断に一貫しています。
明治が繰り返してきた「捨てる決断」
チェルシーの終売は、明治にとって初めてのロングセラー終売ではありません。2016年には1927年発売の「サイコロキャラメル」の全国販売を終了しました。約90年の歴史を持つ商品でしたが、販売量の激減を前に全国展開を断念し、現在は北海道限定商品として存続しています。
さらに2017年には、スナック菓子「カール」の東日本での販売を終了しました。最盛期の1990年代に190億円あった売上が60億円にまで落ち込み、赤字に転落したためです。現在は西日本限定で販売を続けています。
こうした一連の判断からは、「ブランドの歴史や知名度に甘えず、数字で事業の存続を判断する」という明治の経営哲学が見えてきます。
菓子業界を取り巻く構造変化
グミの台頭とキャンディーの凋落
チェルシー終売の背景には、菓子業界全体の大きな地殻変動があります。特に顕著なのが、グミ市場の急拡大です。
グミ市場は過去10年で約3倍に拡大し、2023年には972億円と1,000億円に迫る規模にまで成長しました。一方でガムの市場は2007年をピークに縮小を続け、2021年にはグミとガムの市場規模が逆転しています。明治自身も2023年3月にガム事業から撤退し、56年の歴史に幕を下ろしました。
キャンディー市場も同様の縮小傾向にあります。コロナ禍以降、特にZ世代を中心にガムやキャンディーからグミへの顧客流出が加速しました。「タイパ(タイムパフォーマンス)」を重視する若年層にとって、長時間口に含むキャンディーよりも、短時間で食べ終わるグミのほうが好まれる傾向にあります。
「選択と集中」の必然性
菓子メーカーにとって、限られた経営資源をどの商品に投入するかは死活問題です。成長著しいグミ市場に注力するためには、縮小する市場で収益を生まない商品からの撤退は避けられません。明治がチェルシーやガム事業から撤退し、グミ分野への投資を強化しているのは、こうした「選択と集中」の一環です。
注意点・展望
ノスタルジーだけでは事業は存続できない
チェルシー終売の報道が流れた直後、SNSでは「嘘だと言って」「なんとか残せないの?」といった声があふれました。小売店では売り切れが相次ぎ、フリマアプリでは通常150円前後の商品が2,000円近くで取引されるケースもありました。
しかし、こうした一時的な「惜別消費」は、普段の購買行動とはまったく異なるものです。ある関係者の言葉を借りれば「残るのはノスタルジーだけ」であり、日常的に売れ続ける商品でなければ、事業として成立しません。これはチェルシーに限らず、すべてのロングセラー商品が直面する課題です。
他業界にも通じる教訓
明治の一連の判断は、食品業界だけでなく、あらゆる事業に通じる教訓を含んでいます。「歴史がある」「ファンがいる」という定性的な要素だけでは、事業の継続を正当化することはできません。市場環境の変化に合わせ、データに基づく冷静な撤退判断を下せるかどうかが、企業の持続的成長を左右します。
まとめ
明治のチェルシー終売は、53年にわたるロングセラー商品の幕引きとして大きな反響を呼びました。しかしその背景には、20年で売上が5分の1に縮小した現実と、グミ市場の急拡大というキャンディー市場の構造変化があります。
明治はサイコロキャラメルやカールに続き、数字に基づく冷静な判断でチェルシーの終売を決断しました。「捨てる経営」を実践できるかどうかは、変化の激しい時代における企業の競争力を左右する重要なテーマです。消費者としても、愛した商品への感謝を胸に、企業の経営判断の背景を理解することが大切ではないでしょうか。
参考資料:
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