アシックスが野球用品撤退で示す選択と集中の経営術
アシックス野球用品撤退と選択集中
スポーツ用品大手のアシックスが、長年手がけてきた野球用品事業からの撤退を決断しました。グラブやバットなどの販売を2025年9月で終了し、経営資源を主力のランニングシューズやスポーツスタイル分野に集中させる方針です。
この決断の背景には、同社が掲げる「中期経営計画2026」に基づく事業ポートフォリオの見直しがあります。何に注力し、何をやめるのか。アシックスの取り組みは、多くの日本企業が直面する「選択と集中」の課題に対する一つの回答といえます。
本記事では、アシックスの事業撤退の背景と経営戦略、そしてそこから読み取れる企業経営のヒントを解説します。
アシックスが野球用品から撤退する理由
シューズ以外の用品事業の位置づけ
アシックスは2024年8月、野球用品のうちグラブ、バット、手袋、ウェア、リュックなどの販売を2025年9月下旬で終了すると発表しました。一方で、スパイクなどのシューズ類は継続して販売します。
野球用品事業は主に国内市場向けに展開されており、グローバル展開が進むランニングシューズと比べて収益性が低い状況が続いていました。ナイキやアンダーアーマーといったグローバルブランドも相次いで野球用品から撤退しており、業界全体として専業メーカーへの集約が進んでいます。
「選択と集中」を支える意思決定の仕組み
アシックスの事業撤退が注目される理由は、単なるコスト削減ではなく、明確な経営戦略に基づいている点です。同社では、各事業部門の責任者が目標達成のために「何に注力し、何をやめるか」を宣言し、その実行状況を追跡する仕組みを導入しています。
この仕組みにより、撤退の意思決定が曖昧なまま先送りされることを防いでいます。日本企業にありがちな「責任のたらい回し」を断ち、経営判断のスピードを上げることが狙いです。
中期経営計画2026が示す成長戦略
当初計画を大幅に上回る業績
アシックスは2023年11月に「中期経営計画2026」を策定し、2026年12月期の目標として営業利益800億円以上、営業利益率12%を掲げました。しかし、計画初年度から業績が想定を大きく上回り、2024年11月には目標を大幅に上方修正しています。
修正後の2026年目標は、営業利益1,300億円以上(当初目標の約1.6倍)、営業利益率17%以上(当初12%)、ROA15%前後(当初10%)という意欲的な数値です。2022年12月期の営業利益が340億円だったことを考えると、わずか数年で約4倍の利益を目指す急成長計画となっています。
成長を牽引する3つの柱
アシックスの成長戦略は「グローバル×デジタル」を基本方針とし、以下の3つの事業領域を柱としています。
第一に、収益基盤であるパフォーマンスランニングのさらなる強化です。高機能ランニングシューズ市場では、技術力を武器に世界シェアを拡大しています。
第二に、オニツカタイガーやスポーツスタイルの成長加速です。ファッション性の高いカテゴリーはインバウンド需要の取り込みにも成功し、特にアジア市場で急成長しています。
第三に、コアパフォーマンススポーツの展開です。テニスやバレーボールなど、シューズ技術を活かせる競技種目に注力しています。
アシックスジャパンの躍進
国内事業を担うアシックスジャパンの営業利益率は23.5%に達しています。インバウンド売上の好調に加え、不採算事業からの撤退と高価格帯商品へのシフトという「選択と集中」の成果が数字に表れています。
日本企業が学ぶべき事業撤退の教訓
なぜ日本企業は撤退が苦手なのか
多くの日本企業にとって、事業撤退は最も難しい経営判断の一つです。長年携わってきた従業員への配慮、取引先との関係、ブランドイメージへの影響など、撤退を阻む要因は多岐にわたります。
特に問題となるのが、意思決定の曖昧さです。「誰が責任を持って撤退を決めるのか」が不明確なまま、赤字事業がずるずると続くケースは珍しくありません。
撤退を成功させるポイント
アシックスの事例から読み取れる撤退成功のポイントは3つあります。
まず、経営戦略との明確な紐づけです。「高機能シューズに集中する」という方針があるからこそ、関連性の薄い事業を整理する論理的根拠が生まれます。
次に、段階的な撤退プロセスです。スパイクなどシューズ類は継続しつつ、それ以外を整理するという段階的アプローチにより、顧客や取引先への影響を最小化しています。
最後に、仕組みによる実行の担保です。宣言と実行を追跡する会議体を設けることで、意思決定が形骸化することを防いでいます。
ランニングシューズ依存と競争激化リスク
アシックスの「選択と集中」は現時点で大きな成果を上げていますが、リスクも存在します。ランニングシューズ市場への依存度が高まることで、市場環境の変化に対する脆弱性が増す可能性があります。
また、ナイキやニューバランスなどの競合との競争は激化しており、技術革新とブランド力の維持が今後の成長の鍵となります。オニツカタイガーのファッション分野での成長がどこまで持続するかも注視すべきポイントです。
一方で、スポーツ用品業界全体を見ると、専業化・高付加価値化の流れは加速しています。アシックスの戦略は業界のトレンドとも合致しており、中長期的な成長ポテンシャルは高いと考えられます。
中期経営計画2026に見る撤退の成長戦略
アシックスの野球用品撤退は、単なる事業縮小ではなく、成長に向けた積極的な経営判断です。「何をやめるか」を明確にすることで、限られた経営資源を最も効果的に配分する戦略といえます。
中期経営計画2026の目標上方修正が示すように、「選択と集中」は確実に成果を生んでいます。日本企業にとって、アシックスの取り組みは「撤退は後ろ向きではなく、成長のための前向きな決断である」ことを示す好例です。
自社の事業ポートフォリオを見直す際には、アシックスのように明確な基準と実行の仕組みを備えることが重要です。
参考資料:
- アシックス、グラブ・バット撤退 野球用スパイクは継続 - 日本経済新聞
- アシックス、野球用品撤退へ シューズは継続 - 神戸新聞
- 「中期経営計画2026」アップデートについて - アシックス適時開示
- 野球用品から撤退 来年9月販売終了―アシックス - 時事ドットコム
- アシックスが目指すグローバル戦略 - SAP Japan
関連記事
明治チェルシー終売の舞台裏 53年ロングセラーの決断
明治が53年の歴史を持つロングセラー菓子「チェルシー」の販売を終了しました。売上5分の1への縮小、グミ市場の台頭など、終売の背景と菓子業界の構造変化を解説します。
のれん償却維持で問われる日本M&A会計と成長投資規律の再設計
FASFがM&Aで生じるのれんの定期償却を維持する方向に入った背景を、20年以内償却を定めるASBJの現行基準、IFRS・米国基準との差、経済同友会と経団連の対立軸から整理。買収後の減損リスク、開示、企業統治、ROEや営業利益への影響を踏まえ、成長投資をどう評価すべきか、海外買収やスタートアップM&Aの論点も読み解く。
キリンHDのAI役員同席が問う企業の経営判断と人材戦略の再設計
キリンHDが戦略会議にAI役員を同席させる動きは、生成AIを業務効率化から経営判断へ押し上げる象徴です。DX道場5100人、BuddyAI1万5000人展開、Vendyの労働時間10%削減見込みなど公開情報を基に、勝者と敗者を分けるデータ基盤・人材・ガバナンス、来期予算の論点を本稿で具体的に読み解く。
しまむら低販管費の強さ、仕入型経営と標準化が生む持続成長の力
しまむらは2026年2月期に売上高7000億円、販管費率26.2%を維持しました。約600社のサプライヤー、完全買取、物流、マニュアル運営、EC統合、AIレコメンドを組み合わせた低コスト経営の仕組みを、ファストリの37.6%との違い、人件費上昇やサプライチェーン管理の課題、今後の成長条件から読み解く。
ホンダ初の営業赤字が示すEV戦略の岐路
ホンダが2026年3月期に上場以来初となる約4000億円規模の営業赤字に転落した。北米向けEV3車種の開発中止や最大2.5兆円の関連損失が背景にある。四輪事業の構造的課題、トヨタとの戦略比較、ハイブリッド回帰の勝算まで、製造業の視点からホンダ再建の道筋を読み解く。
最新ニュース
ふるさと納税、10月から地場産品ルール厳格化でお得度さらに低下
2026年10月からふるさと納税の地場産品基準が厳格化され、加工品や工芸品で掲載終了・寄附額変更が広がる可能性があります。ポイント付与禁止、募集経費の透明化、寄附金活用可能額の段階引き上げが重なるなか、「お得度」低下の背景と寄付者が確認すべき視点を自治体財政から読み解く。
世界の油ガス田発見急減、資源安保は探鉱依存から多元化へ向かう
世界の油ガス田発見は2025年に18件まで減り、発見量も低水準に沈んだ。メジャーの投資規律、深海偏重、中東リスク、EVと太陽光の拡大が同時進行するなか、供給不安を探鉱再開だけで解けない理由と、輸入国日本が備えるべき調達多角化、備蓄、需要抑制の具体的な今後の優先順位を地政学と産業政策の視点から読み解く。
老人ホーム1000万円時代、終のすみか選びと老後資金の守り方
有料老人ホームの費用が上がるなか、東京の入居時費用相場は920万円、月額31.7万円に達する。サ高住、特養、自宅介護の違い、前払金の確認点、親子で決める資金計画を整理し、建設費や人手不足が価格を押し上げる背景、平均と中央値の読み方、見学時の質問、住み替え判断の実務まで、終のすみか選びの現実解を読み解く。
ソフトバンクG外債1.7兆円、OpenAI集中投資の勝算とリスク
ソフトバンクグループがドル・ユーロ建てで1.7兆円規模の外債発行に動く。OpenAI追加出資の第三弾を支える資金調達だが、BB+格付け、ブリッジローン返済、AIインフラ投資の膨張が財務規律を試す。外債市場の評価と、Armなど保有資産を前提にしたレバレッジ戦略、社債投資家や株主が確認すべき焦点を解説。
日本株時価総額の首位争い、AI半導体と金利が主役交代を加速させる
トヨタ、三菱UFJ、ソフトバンクG、キオクシアが時価総額首位を争う日本株。AI半導体ブーム、日銀利上げ、東証の資本効率改革が評価軸を変えています。自動車、銀行、投資会社、メモリー大手の強みと弱点を比較し、輸出製造業中心だった大型株地図をどう塗り替えているのかを解説。投資家が見るべき利益の質と循環性も読み解く。