1on1が逆効果?若者が本音を語らない理由
はじめに
「1on1ミーティング」は、上司と部下の信頼関係を築く場として多くの企業に導入されています。しかし、いま現場では深刻なすれ違いが起きています。上司世代が「本音で話し合おう」と考える一方で、若手社員からは「仕事で本音を言う必要があるのか」という声が上がっているのです。
リクルートマネジメントソリューションズの調査によると、1on1について部下が困っていることの第1位は「面談の効果が感じられない」(29.7%)でした。さらに、MENTAGRAPHの調査では「毎回似たような内容の繰り返しになっている」と回答した人が51.9%に達しています。せっかくの制度が、なぜここまで機能不全に陥っているのでしょうか。
本記事では、1on1ミーティングにおける世代間のすれ違いの構造を分析し、エンゲージメント施策が逆効果になる原因と、その改善策を考えます。
「本音で話そう」が通じない世代
上司世代の前提と若者の本音
昭和・平成初期に社会人となった世代にとって、「腹を割って話す」ことは信頼構築の基本でした。飲み会での本音トーク、上司への直言が評価された時代があったのです。この価値観を持つ管理職は、1on1を「本音を引き出す場」として設計しがちです。
しかし、若者世代の感覚は大きく異なります。組織開発を専門とする研究者の指摘によれば、いまの若手は「本音を言うこと」自体に疑問を持っています。彼らにとって職場とは、あくまでも業務を遂行する場であり、内面を開示する場ではありません。「プライベートと仕事は分けたい」という意識が強く、上司に対して心の内を明かすことにメリットを感じていないのです。
心理的安全性の誤解
近年、「心理的安全性」という概念が広まりました。しかし、多くの現場では「何でも言える雰囲気」と誤解されています。本来の心理的安全性とは、業務上のリスクや失敗について率直に話せる環境のことです。個人的な悩みや本音を引き出すこととは、本質的に異なります。
若手社員は「率直に意見を言うことで評価が下がるのではないか」という懸念を抱えています。特に人事評価と直結する上司との対話では、自己防衛的になるのは自然な反応です。「本音を言って損をした」という同僚の経験談がSNSで共有される時代、慎重になるのは合理的な判断とも言えます。
エンゲージメントサーベイとの二重苦
サーベイ疲れという現実
1on1の問題と並行して、エンゲージメントサーベイの形骸化も深刻です。多くの企業が定期的にサーベイを実施していますが、その結果が組織改善に活用されていないケースが目立ちます。ある調査では、6割を超える社員が「回答したところで何に生かされているか分からない」と回答しています。
サーベイの結果を受けて1on1でフォローアップしようとする上司と、「また同じ話か」と感じる部下。この悪循環が、制度全体への不信感を生んでいます。若手社員にとっては「サーベイに答えさせられ、1on1で深掘りされる」という二重の負担感があるのです。
制度の導入と運用のギャップ
リクルートマネジメントソリューションズの調査では、上司が1on1で困っていることの第1位は「面談について学ぶ仕組みがない」(35.4%)でした。つまり、多くの管理職は1on1のやり方を体系的に学ばないまま、制度だけが導入されている状態です。
結果として、1on1が「業務の進捗確認」や「雑談」に終始するケースが多発しています。パーソル総合研究所の調査によれば、1on1の満足度が低い部下ほど離職意向が高いことが明らかになっています。中身のない1on1は、むしろエンゲージメントを下げるリスクがあるのです。
効果的な1on1に変えるための視点
「聞く」から「支援する」への転換
形骸化した1on1を改善するには、まず上司側の姿勢転換が必要です。「本音を聞き出す」ことを目的にするのではなく、「部下の成長をどう支援するか」に焦点を当てるべきです。
具体的には、以下のようなアプローチが有効とされています。部下のキャリア目標に基づいた対話を行うこと、業務上の障壁を取り除く具体的な支援を提案すること、そして部下自身が話したいテーマを選べるようにすることです。「何でも話していいよ」という漠然とした投げかけではなく、明確なフレームワークがある方が、若手社員は安心して対話できます。
頻度と時間の最適化
1on1を「毎週30分」と固定的に設定している企業は少なくありません。しかし、話すことがないのに時間だけが確保される状況は、双方にとってストレスです。立命館大学の研究では、1on1の頻度と仕事の成果の関係は単純な正比例ではないことが示されています。
重要なのは回数ではなく、質です。月1回でも中身のある対話ができれば、週1回の形式的な面談より遥かに効果的です。部下の状況に応じて柔軟に頻度を調整する仕組みが求められています。
注意点・展望
1on1の形骸化は、単なる「コミュニケーション不足」の問題ではありません。世代間の価値観の違い、制度設計の不備、管理職のスキル不足が複合的に絡み合った構造的な課題です。
よくある間違いとして、「若者が本音を言わないのは、信頼関係が足りないからだ」と考え、さらに踏み込んだ対話を試みるケースがあります。しかし、これは逆効果になりかねません。若手社員の「本音を言わない」という選択自体を尊重する姿勢が、かえって信頼構築につながることもあります。
今後は、1on1を「対話の場」から「成長支援の仕組み」へと再設計する動きが加速するでしょう。上司と部下という上下関係を前提にした面談から、対等なプロフェッショナル同士の協議へ。そうした発想の転換が、エンゲージメント向上の鍵を握っています。
まとめ
1on1ミーティングが形骸化する背景には、「本音で話すべき」という上司世代の価値観と、「仕事で本音は不要」と考える若者世代の根本的なすれ違いがあります。エンゲージメントサーベイと合わせた二重の負担感が、若手社員の心理的な距離をさらに広げています。
改善のためには、制度の目的を「本音の引き出し」から「成長支援」へと転換し、管理職への体系的な研修を整備することが不可欠です。まずは自社の1on1が部下にとってどのような体験になっているか、率直なフィードバックを集めることから始めてみてはいかがでしょうか。
参考資料:
関連記事
西武プリンスが資格連動型給与を導入へ
西武・プリンスホテルズが語学や調理などの資格に連動した給与制度を導入。宿泊業界全体で進む人材投資型への転換と、深刻な人手不足への対応策を解説します。
東洋食品が育休改革で離職率半減させた秘訣とは
学校給食大手・東洋食品の荻久保瑞穂専務が推進する育休改革。メンター制度や複線型キャリア導入で、育休復職率95%・離職率14%を実現した具体的な取り組みを解説します。
育休がビジネススキルを磨く?三井住友銀の挑戦
三井住友銀行が育休を「チームレジリエンス強化」の好機と捉え、男性育休必須化や報奨金制度を導入。育児経験がビジネススキル向上につながるメカニズムと企業の最新動向を解説します。
コンサル業界を蝕む「AIシェイム」の正体
生成AIの普及でコンサル業界の優位性が揺らぐ中、AI活用を恥じる「AIシェイム」が広がっています。業界の構造変化と人間の専門性の行方を解説します。
ものづくり現場で実践するキャリアウェルビーイングとは
仕事とプライベートの充実を通じて人生全体を豊かにする「キャリアウェルビーイング」。製造・制作の現場でリーダーたちが実践する具体的な取り組みと、その効果を解説します。
最新ニュース
AI活用でビジネスはどう変わる 先行企業7社の実践と共通項を読む
LIFULL、イオン、ミスミ、Michelin、藤田医科大学などの事例から、AI導入が業務効率化で終わらず、顧客体験、現場標準化、新たな収益機会へ広がる条件を整理します。
AIは仕事を奪うのか 日本の解雇規制と労働移動政策の論点を検証
AIが雇用を奪うという見方を、日本の解雇ルール、人手不足、OECDやWEFの調査、企業の人材再配置やリスキリング政策の現状から検証し、必要な制度改革を冷静に整理します。
発達障害グレーゾーンはなぜ使いにくいのか 診断基準と支援策を整理
発達障害の「グレーゾーン」が医学用語として扱いにくい理由を、診断基準の線引き、学校現場での見え方、診断がなくても使える支援策、二次障害を防ぐ視点とあわせて丁寧に整理します。
若手への共感過剰が招く指示待ち部下と管理職疲弊の構造を読み解く
若手育成で求められる共感が、なぜ指示待ちと中間管理職の疲弊を招くのか。心理的安全性、自律性支援、最新調査をもとに、寄り添いと任せることの適切な線引きと実務上の打ち手を解説します。
フロリダ補選で民主逆転、トランプ地盤に走る異変の背景を詳解
フロリダ州下院87区の補選で民主党が共和党議席を奪還した理由を、公式開票結果、前回選挙との比較、郵便投票の動き、トランプ氏支持率の低下から読み解きます。