アイシンが黒字事業も売却する覚悟の経営改革とは
アイシンの黒字事業売却とEV集中投資
自動車部品大手のアイシンが、大胆な事業ポートフォリオの再編を進めています。注目すべきは、黒字で安定収益を上げていたシャワートイレ事業やシート事業までも譲渡の対象としたことです。「黒字だから残す」ではなく、「自社がやる必然性があるか」という基準で事業を選別する姿勢は、自動車業界が直面する構造変革の厳しさを物語っています。
アイシンは2028年中期経営計画で売上高5.3兆円、営業利益3,300億円という野心的な目標を掲げ、EV(電気自動車)関連を中心とした成長領域へ4,500億円の投資を計画しています。本記事では、アイシンの事業選別の具体的な内容と、その背景にある戦略的な狙いを詳しく解説します。
アイシンが手放した「稼げる事業」の全容
シャワートイレ事業のLIXILへの移管
アイシンとLIXILは、1976年にシャワートイレのノズルを共同開発して以来、約50年にわたる協業関係を築いてきました。シャワートイレ事業は安定した収益を生んでおり、アイシンにとって「手放す必要のない事業」にも見えました。
しかし2023年7月、両社はシャワートイレ事業のLIXILへの移管検討を開始すると発表します。2024年3月に正式契約を締結し、同年9月1日に移管が完了しました。対象は日本および中国におけるLIXIL向けシャワートイレ事業で、中国では生産子会社2社の株式をLIXILに譲渡しています。譲渡対価は約23億6,200万円に加え、業績連動の追加対価として最大10億円が設定されました。
移管の理由についてアイシンは、「変化する市場や需要に安定的かつ迅速に応えるには、2社がそれぞれ開発・生産の役割を担う従来のやり方を見直し、機動的でより強固な運営体制へ移行することが必要」と説明しています。LIXILに事業を集約することで、トイレ事業全体の競争力を高める狙いがあります。
シート骨格機構部品のトヨタ紡織への移管
アイシンはシート骨格機構部品事業についても、トヨタ紡織への移管を段階的に進めてきました。トヨタ紡織はシートの開発から生産までの一貫体制を構築するため、アイシンおよび子会社シロキ工業からシート骨格機構部品事業を取得しています。
国内の生産拠点に加え、インドネシアやインドの海外生産子会社も順次移管されました。これにより、トヨタグループ内でシート事業の専門性をトヨタ紡織に集約し、「もっといいシート」の実現を目指す体制が整いました。
エクセディとの資本関係解消
2024年5月、アイシンはクラッチなどの駆動系部品を手がけるエクセディとの資本提携を解消すると発表しました。保有していた発行済み株式の34.5%にあたる約1,623万株の全てを売却し、売却総額は約399億円に達しています。
エクセディの主力製品であるクラッチは、EV化が進むと需要が縮小する分野です。アイシンはこの売却で得た資金をEV関連製品の開発や株主還元に振り向ける方針を示しています。なお、資本関係は解消されるものの、事業上の取引関係は維持されるとしています。
事業選別の背景にある自動車産業の構造変革
EVシフトがもたらす部品構造の激変
アイシンが大胆な事業選別に踏み切った最大の理由は、自動車の電動化に伴う部品構造の根本的な変化です。内燃機関車からEVへの移行により、エンジン、トランスミッション、排気系統といった従来の中核部品が不要になります。
アイシンはトヨタグループの中でAT(オートマチックトランスミッション)の世界トップメーカーとして知られてきました。しかしEV時代にはATの需要が大幅に減少するため、新たな成長の柱を早急に確立する必要があります。
不確実な市場環境への対応
一方で、EVシフトの速度は地域や市場によって大きく異なります。欧米ではBEV(バッテリーEV)の販売が鈍化し、PHEV(プラグインハイブリッド)やHEV(ハイブリッド)が再び注目を集めています。この不確実性の中で、アイシンは「BEVだけに賭ける」のではなく、HEVにも対応できる柔軟な製品ラインナップを目指しています。
4,500億円の成長投資と2028年中期経営計画
「移動の価値を創造する会社」への変革
2026年2月に策定された2028年中期経営計画では、アイシンは「“移動”の価値を創造できる会社」への変革を掲げました。吉田守孝社長のリーダーシップの下、「稼ぐ力」の強化と将来への「弾込め」を両立させる方針を打ち出しています。
財務目標として、2028年度に売上高5.3兆円、営業利益3,300億円(営業利益率6.2%)、ROE10%、ROIC11%を設定しました。2025年3月期の営業利益が約2,200億円であることを考えると、3年間で約5割増という意欲的な計画です。
eAxleを中核とした電動化戦略
成長投資の柱となるのが、eAxle(イーアクスル)と呼ばれる電動駆動ユニットです。モーター、インバーター、減速機を一体化したeAxleは、EVの心臓部ともいえる重要部品です。
アイシンはeAxleの生産能力を年間450万基まで拡大する計画を掲げ、約2,000億円規模の投資を実施しています。2025年には第2世代eAxleの投入を開始し、Small・Medium・Largeの3タイプを展開。第1世代比で10%以上の電費改善を実現しています。さらに2027年には体積を半減させた第3世代の投入を目標としています。
すでにスバルとの共同開発による次世代BEV向けeAxleや、インドではスズキ初の量産BEV「e VITARA」向けの生産が開始されるなど、トヨタグループ以外への供給拡大も進んでいます。
成長3領域への経営資源シフト
アイシンが定義する成長領域は、「BEV商材」「安心快適エントリー」「ブレーキ」の3つです。2030年度にはこれら成長領域の売上高を2021年度比で約3倍に拡大し、全社売上高5.5兆〜6兆円の実現を目指しています。
人材面でも大規模なシフトを実行しており、2025年までの累計で3,000人を成長分野へ異動させる計画を推進中です。「商品」「地域」「機能」の3軸で事業構造を変革し、グローバルでの競争力強化を図っています。
黒字事業売却後の収益リスクとeAxle競争
事業売却のリスクと課題
黒字事業の売却は、短期的には収益源の喪失を意味します。シャワートイレ事業やエクセディ株の売却で得られた資金は合計で数百億円規模ですが、4,500億円という成長投資の全額をカバーするものではありません。既存事業の収益性向上と資産圧縮を並行して進める必要があります。
また、eAxle市場では中国メーカーとの価格競争が激化しています。技術的な優位性を維持しながら、コスト競争力を高められるかが今後の課題です。
自動車部品業界全体への示唆
アイシンの「黒字でも売る」という判断は、自動車部品業界全体に大きな示唆を与えています。KPMGやPwCなどのコンサルティングファームも、自動車部品メーカーに対して事業ポートフォリオの抜本的な見直しを提言しています。「今稼げている」ことが「将来も稼げる」保証にはならない時代が到来しているのです。
eAxle集中投資と2028年度営業利益3300億円
アイシンの事業選別は、「誰かに託せるか」「自社がやる必然性はあるか」という問いかけに基づく、極めて合理的な経営判断です。黒字のシャワートイレ事業をLIXILに移管し、シート事業をトヨタ紡織に集約し、エクセディとの資本関係も解消する。これらの決断を通じて捻出した経営資源を、eAxleを中核とする電動化領域へ集中投下する戦略は、自動車産業の大変革期における一つのモデルケースといえます。
今後注目すべきは、4,500億円の成長投資がどれだけの成果を生むかです。2028年度の営業利益3,300億円という目標達成に向けて、アイシンの変革は正念場を迎えています。
参考資料:
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