賞与の給与化で手取り増加?仕組みと注意点を解説
はじめに
大手企業の間で「賞与の給与化」と呼ばれる報酬制度の見直しが加速しています。ソニーグループが2025年度から冬季賞与を廃止し月給へ振り替える方針を打ち出したことを皮切りに、大和ハウス工業やバンダイなども同様の取り組みを進めています。
年収総額は変わらないのに、毎月の手取りが増える——。そんな「一石二鳥」の効果があるとされるこの制度変更ですが、実はすべての従業員にメリットがあるわけではありません。本記事では、賞与の給与化がなぜ社会保険料の負担減につながるのか、その仕組みと注意すべきポイントを詳しく解説します。
賞与の給与化とは何か
制度の基本的な仕組み
賞与の給与化とは、従来年2〜3回に分けて支給していた賞与(ボーナス)を廃止または縮小し、その原資を毎月の基本給や手当に上乗せして支給する仕組みです。年間の総支給額自体は変わらないものの、支給の形態が変わることで、税や社会保険料の計算に影響を及ぼします。
たとえばソニーグループでは、2025年4月以降の新卒入社者の初任給を月額で約3万8,000円引き上げました。これは冬季賞与の廃止分を月給に振り替えた結果です。夏季賞与は維持しつつ、冬のボーナス分を12か月に分散させる形を採用しています。
導入企業の広がり
大和ハウス工業は大卒総合職の初任給を35万円に引き上げ、バンダイも初任給を22万4,000円から段階的に30万5,000円まで引き上げました。いずれも賞与の一部を月給に組み替えることで、見た目の月給を大幅に引き上げています。
こうした動きの背景には、人材獲得競争の激化があります。求人市場では月給の額面が比較されやすく、特に若手人材の採用において「月給の高さ」がアピールポイントになるためです。
社会保険料が減るカラクリ
標準報酬月額と標準賞与額の上限の違い
賞与の給与化で社会保険料が減る理由は、社会保険料の計算に「上限」が設定されている点にあります。この上限の仕組みを理解することが、制度の本質を捉えるカギです。
日本の社会保険料は「標準報酬月額」と「標準賞与額」を基準に計算されます。それぞれに上限が設けられており、その額を超えた分には保険料がかかりません。
具体的には、厚生年金保険料の標準報酬月額の上限は65万円(月給が63万5,000円以上の場合に適用)です。一方、賞与に対する厚生年金保険料は1か月あたり150万円が上限となっています。
健康保険料についても同様に、標準報酬月額は139万円、標準賞与額は年度累計573万円がそれぞれの上限です。
高年収層で効果が大きい理由
たとえば年収1,000万円の従業員を考えてみます。賞与を年間300万円、月給を約58万円で支給している場合、賞与にも月給にも社会保険料が満額かかります。
しかし、賞与300万円分を月給に振り替えて月給を約83万円にすると、厚生年金の標準報酬月額の上限65万円を超えた分(約18万円×12か月=約216万円分)には厚生年金保険料がかかりません。結果として、年間で約8万円以上の厚生年金保険料が削減されるケースもあります。
企業側も同額の保険料負担が軽減されるため、労使双方にとってメリットがある「一石二鳥」の構造です。
年収600万円前後では効果が薄い
一方で、年収600万円前後の一般的な会社員の場合、月給が標準報酬月額の上限に届かないことが多いため、社会保険料の削減効果はほとんどありません。場合によっては、月給が上がることで標準報酬月額の等級が上がり、むしろ社会保険料が増える可能性すらあります。
社会保険労務士の専門家によれば、「年収帯によっては20万円程度の差が生じることもある」とのことです。つまり、この制度は高年収の従業員ほど恩恵を受けやすい設計になっています。
見落としがちな注意点とリスク
残業代の計算基礎が上がる
賞与を月給に組み替えると、割増賃金(残業代)の計算基礎となる「1時間あたりの賃金額」が上昇します。これは企業にとって人件費の増加要因です。特に残業が多い職場では、この影響が無視できない規模になる場合があります。
将来の年金受給額への影響
厚生年金保険料が減るということは、裏を返せば将来受け取る年金額も減少する可能性があることを意味します。現在の手取りが増える一方で、老後の年金額が目減りするトレードオフが生じます。
長期的な資産形成の観点からは、保険料の削減分をiDeCoやNISAなどの個人投資に回すことで補う戦略も検討に値します。
住宅ローンや生活設計への影響
ボーナス払いで住宅ローンを組んでいる場合、賞与がなくなることでローンの返済計画に支障が出る可能性があります。制度変更の際には、ローンの見直しや返済方法の変更を早めに検討する必要があります。
標準報酬月額の上限引き上げの動き
厚生労働省は2027年9月から標準報酬月額の上限を段階的に引き上げる方針を示しています。65万円から2029年9月までに75万円へと3段階で引き上げられる予定です。これが実施されれば、賞与の給与化による社会保険料削減の効果は現在よりも小さくなります。
まとめ
賞与の給与化は、人材獲得競争を背景に大手企業を中心に広がりを見せています。高年収層にとっては社会保険料の負担軽減というメリットがある一方、平均的な年収帯では恩恵が限定的です。
制度変更を検討する企業は、残業代への影響や従業員の生活設計への配慮を十分に行う必要があります。また、従業員の側も、将来の年金額への影響や住宅ローンの見直しなど、長期的な視点で自身への影響を確認することが重要です。今後の社会保険制度の改正動向にも注目しながら、自分にとっての損得を冷静に判断していきましょう。
参考資料:
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