就活セクハラ防止義務化で採用現場に迫る大学連携と信頼再構築策
採用活動が安全配慮の対象になる転換点
就職活動やインターンシップは、学生が企業を知る入口である一方、採用する側が評価権限と情報を持つ非対称な場です。企業の社員から性的な冗談、容姿への言及、執拗な食事の誘い、私的な連絡を受けても、学生は「選考に響くのではないか」と考え、拒否や相談をためらいやすくなります。
2026年10月1日から、求職者等に対するセクシュアルハラスメントの防止措置が事業主の義務になります。これは採用活動を、広報や母集団形成だけでなく、人権と労務コンプライアンスの管理対象として捉え直す制度変更です。人材獲得競争が厳しくなるほど、学生が安心して接点を持てる企業かどうかが、採用ブランドを左右します。
約3割の被害が示す学生側の沈黙構造
非公式接点に集中する発生リスク
厚生労働省の令和5年度「職場のハラスメントに関する実態調査」は、2020年度から2022年度に卒業し、就職活動またはインターンシップを経験した男女1,000人を対象に就活等セクハラを調べています。インターンシップ中に一度以上受けた割合は30.1%、インターンシップ以外の就職活動中では31.9%でした。おおむね3人に1人に近い水準であり、個別企業の例外的な不祥事として処理できる規模ではありません。
被害が起きる場面は、面接室だけではありません。就職活動中のセクハラを受けた場面では、リクルーターと会ったときが32.8%、内々定を受けた後が26.0%でした。SNSや就活マッチングアプリを通じたやり取り、志望先企業の従業員との酒席、OB・OG訪問も含まれます。採用の公式フローから少し外れた接点ほど、企業の監督が弱く、学生も「情報収集のために必要な場」と受け止めがちです。
行為者の内訳にも採用現場の弱点が表れています。インターンシップ中は、インターン先で知り合った従業員が47.4%、上司や指導役が32.0%でした。インターン以外の就職活動中では、大学のOB・OG訪問を通じて知り合った従業員が38.3%、学校や研究室を訪問した従業員やリクルーターが37.0%です。採用担当部署だけでなく、現場社員、若手リクルーター、役員、大学接点を持つ社員まで管理対象を広げる必要があります。
食事や性的質問が奪う職業選択
就活セクハラは、身体接触や性的関係の要求だけを指すものではありません。令和5年度調査では、就活等セクハラの内容として、性的な冗談やからかいが38.2%、食事やデートへの執拗な誘いが35.1%、不必要な身体への接触が27.2%でした。企業の社員から「選考の相談に乗る」と言われて夜の食事に誘われる、個人SNSで連絡が続く、交際相手や性的な事実関係を尋ねられるといった行為も、学生の就職活動を阻害します。
問題の核心は、同意の見え方にあります。採用する側は「学生も来た」「嫌なら断れた」と説明しがちですが、応募者は評価される立場です。相手が面接官、リクルーター、OB・OG、内定先社員であれば、拒否による不利益を想像します。沈黙や曖昧な返事を自由な同意とみなすことは、採用の力関係を無視した判断です。
被害は心理面にも残ります。調査では、就活等セクハラを受けたことによる影響として、インターンシップ中、インターン以外の就活中のいずれでも「就職活動に対する意欲が減退した」が最も高く、前者で34.6%、後者で40.0%でした。眠れなくなった、怒りや不満や不安を感じた、通院や服薬をしたといった回答もあります。これは単なるマナー違反ではなく、若者の職業選択と健康を損なうリスクです。
相談件数だけでは測れない被害実態
企業側の調査を見ると、過去3年間に就活等セクハラの相談があった企業は0.7%にとどまります。一見すると発生が少ないように見えますが、学生側の約3割という経験率とは大きな差があります。企業に相談が届かないことは、被害がない証拠ではありません。相談先が分からない、選考に影響すると感じる、人事担当者に話しにくいといった構造が、数字の差を生みます。
令和5年度調査では、就活等セクハラに関する取り組みが「特にない」とする企業が全体で53.0%でした。従業員99人以下では65.6%、100から299人では55.7%、300から999人でも48.0%です。大企業ほど制度整備は進みやすいものの、1,000人以上でも42.1%が特にないと回答しています。採用市場で学生と接する企業の多くが、まだ制度施行に向けた準備途上にあります。
十月義務化で企業に求められる実務設計
告示第52号が示す基本措置
2025年6月11日に公布された令和7年法律第63号により、カスタマーハラスメント対策と並んで、求職者等へのセクシュアルハラスメント対策が法制化されました。厚生労働省は2026年2月26日に、求職活動等における性的な言動に起因する問題について事業主が講ずべき措置を示す告示第52号を公表しています。
この指針でいう求職活動等は、求人への応募だけではありません。職業選択に資する活動を広く含み、SNSなどオンラインを介したものや、会社の通常の就業場所ではない場面も対象になります。採用面接、企業説明会、インターンシップ、OB・OG訪問、教育実習や看護実習など、企業の労働者が求職者等と接する場面を幅広く点検する必要があります。
企業が必ず整えるべき柱は大きく三つです。第一に、求職活動等におけるセクハラを行ってはならないという方針と、違反時に厳正に対処する方針の明確化です。第二に、求職者等からの相談に応じる窓口を定め、学生にも分かる形で周知することです。第三に、相談があった場合の迅速で正確な事実確認、被害者への配慮、行為者への措置、再発防止です。
ここで重要なのは、社内規程を作るだけでは足りない点です。相談窓口の担当者にマニュアルと研修を用意し、相談者と行為者のプライバシー保護を周知し、相談や事実確認への協力を理由に労働者へ不利益な扱いをしないことも求められます。学生は人事部への相談をためらう可能性があるため、人事以外の窓口や外部委託も現実的な選択肢になります。
OB訪問とSNS連絡の管理線
実務で最初に見直すべきなのは、学生との接触ルールです。面談の時間帯、場所、同席者、連絡手段、オンライン面談の記録、個人SNS利用の可否、飲酒を伴う場の扱いを明文化します。告示第52号も、面談時間と場所、実施体制、やり取りに用いるSNSの種類などをあらかじめ定め、労働者と求職者等に周知する例を挙げています。
OB・OG訪問は学生にとって企業理解を深める有効な機会ですが、社員個人の善意や裁量に委ねるほどリスクが高まります。会社が公認する面談は予約フォームや採用管理システムを通し、社用メールや公式ツールで連絡し、夜間や個室、飲酒を伴う1対1面談を避ける。実施後は面談日時、参加者、目的を記録する。これだけでも、学生と社員の双方を守る線引きになります。
リクルーター制度も同様です。若手社員が「自分も学生時代にしてもらったから」と非公式な相談に応じる文化は、情報提供としては価値があります。しかし、採用評価に影響し得る立場である以上、個人LINEへの誘導、恋愛や結婚予定への質問、容姿へのコメント、内定後の私的な接触は禁物です。採用部門は、リクルーターの行動指針を人事部内の資料ではなく、全対象者が確認できる業務ルールとして運用する必要があります。
採用面接の質問設計も防止策の一部です。厚生労働省は公正な採用選考の基本として、応募者の適性と能力に関係のない事項を面接で尋ねないよう求めています。家族状況、思想信条、生活環境などと同様に、交際、結婚、出産、性的指向や性自認に踏み込む質問は、選考の公正性と安全性を同時に損ないます。面接官研修では、評価項目に必要な質問と、聞いてはいけない質問を具体例で分けることが欠かせません。
大学連携と外部窓口で残る運用課題
相談しやすさを決める窓口設計
制度施行後に問われるのは、相談窓口を掲げたかどうかではなく、学生が実際に使えるかどうかです。NEDOは2026年6月に就活ハラスメント相談窓口を公表し、相談者の秘密を厳守し、相談が選考や合否に影響しないと明記しています。こうした明示は、学生の心理的ハードルを下げるうえで実務的です。
企業は、採用サイト、インターン案内、面談予約メール、内定者向け資料に相談先を載せるべきです。相談窓口が社内ポータルの奥にあるだけでは、労働者ではない学生に届きません。匿名相談の扱い、選考評価との分離、事実確認の流れ、連絡頻度、証拠が不十分な場合の対応をあらかじめ説明すると、学生は相談後の見通しを持ちやすくなります。
一方で、虚偽通報や事実確認の難しさを理由に相談を過度に疑う運用は逆効果です。告示第52号は、相談者の心身の状況や受け止めに配慮し、必要に応じて第三者からも聴取する対応を示しています。企業は「白黒を即断する窓口」ではなく、接触停止、担当者変更、面談方式の変更など、被害拡大を防ぐ暫定措置を取れる体制を持つ必要があります。
大学キャリアセンターとの情報連携
大学側の役割も重くなります。大阪大学キャリアセンターは、企業側からセクハラやパワハラを受けた場合だけでなく、「受けそうだ」という不安を抱いた場合も相談するよう学生に呼びかけています。個人SNSでのやり取りや飲食を伴うOB・OG訪問への注意も示しており、大学が就職支援と学生保護を一体で扱う動きが見えます。
告示第52号も、大学生や専門学校生が所属する教育機関の相談窓口から情報提供があった場合、企業が連携して適切に対応することを望ましい取り組みとして位置づけています。大学が学生の同意を得たうえで企業に事実確認を求める、企業が採用接点の改善結果を大学に共有する、同一社員への相談が複数ある場合は接触を停止する。こうした実務の積み重ねが、相談を泣き寝入りで終わらせない仕組みになります。
ただし、大学と企業の関係には求人依頼や推薦、共同研究などの利害もあります。大学が企業名の扱いに慎重になる場面は避けられません。だからこそ、学生相談、キャリアセンター、ハラスメント相談室、外部の労働局窓口を分断せず、相談者の意思と安全を中心に情報をつなぐ手順を整える必要があります。
形式整備で終わる危険性
義務化は、採用現場を変えるきっかけになりますが、万能ではありません。就活等セクハラ以外のパワハラに類する行為、いわゆるオワハラ、妊娠や育児に関する不適切な質問は、指針上「望ましい取組」として注意が促される領域もあります。制度の最低ラインだけを見ると、学生が実際に経験する圧力を取りこぼすおそれがあります。
採用担当者は、規程と研修を年1回実施して終わりにしないことが重要です。面談ログの抜き取り確認、リクルーターからの報告、学生アンケート、大学からのフィードバック、相談件数と対応時間のモニタリングを続ける必要があります。相談がゼロであることを成果と見るのではなく、相談導線が機能しているか、初動が遅れていないか、再発防止策が採用プロセスに反映されたかを見るべきです。
採用ブランドを守るための点検軸
就活セクハラ防止は、法務部や人事部だけの課題ではありません。学生と接する社員全員の行動が、企業の採用ブランドをつくります。2026年10月1日までに、企業は採用接点の棚卸し、禁止方針の明文化、相談窓口の外部公開、OB・OG訪問とSNS連絡のルール化、インターン運営マニュアルの改定、面接官とリクルーター研修を終える必要があります。
経営層が見るべき指標は、応募者数だけではありません。学生向け相談窓口の認知率、面談の公式ツール利用率、夜間や飲酒を伴う採用接点の削減、相談後の初動日数、大学からの指摘への対応履歴を確認すべきです。採用活動を人材獲得の前工程としてだけでなく、企業文化を外部に示す接点として管理する視点が求められます。
学生側も、違和感を一人で処理しないことが大切です。企業の人事やコンプライアンス部門、大学のキャリアセンターやハラスメント相談窓口、都道府県労働局など、複数の相談先を事前に把握しておくと選択肢が広がります。安心して応募できるかどうかは、会社選びの重要な判断材料です。制度改正は、採用する側と選ぶ側の力関係を少しずつ是正するための出発点になります。
参考資料:
- 職場におけるハラスメントの防止のために|厚生労働省
- 令和7年労働施策総合推進法等の一部改正について|厚生労働省
- 求職活動等における性的な言動に起因する問題に関する指針|厚生労働省
- 職場のハラスメントに関する実態調査について|厚生労働省
- 令和5年度 職場のハラスメントに関する実態調査報告書 概要版|厚生労働省
- 「職場のハラスメントに関する実態調査」の報告書を公表します|厚生労働省
- カスタマーハラスメント・就活ハラスメント等防止対策強化事業 企業の皆様へ|あかるい職場応援団
- カスタマーハラスメント・就活ハラスメント等防止対策強化事業 学生の皆様へ|あかるい職場応援団
- 公正な採用選考の基本|厚生労働省
- 安心して働ける職場へ ハラスメント対策の強化で何が変わる?|厚生労働省
- 労働施策総合推進法等の一部を改正する法律案|内閣法制局
- 就活ハラスメントに関する相談窓口|NEDO
- 在学生の方へ 就活中・後|大阪大学キャリアセンター
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