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就活セクハラ対策義務化で採用現場の盲点を防ぐ企業統治の新常識

by 渡辺 由紀
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10月義務化で採用現場が統制対象化

2026年10月1日から、求職者等に対するセクシュアルハラスメント防止措置が事業主の義務になります。対象は入社後の労働者だけではありません。採用面接、就職説明会、OB・OG訪問、インターンシップ、教育実習や看護実習、さらにSNSなどオンライン上のやり取りまで含みます。

企業にとって重要なのは、採用活動が「広報」や「人事イベント」ではなく、雇用管理上の統制対象になる点です。候補者はまだ社内の相談制度に接続されておらず、被害を受けても選考への影響を恐れて声を上げにくい立場にあります。人材獲得競争が続くなか、採用接点の安全性は企業ブランドと候補者体験を左右する経営課題になりました。

OB訪問とSNS面談に潜む構造リスク

求職者が拒みにくい非対称性

就活セクハラが見えにくい最大の理由は、採用する側とされる側の力関係にあります。応募者は評価される立場であり、社員やリクルーターからの誘い、質問、連絡を断ることに心理的負担を感じます。選考に直接関わらないOB・OG訪問でも、相手が社内情報や推薦可能性を持つように見えるだけで、断りにくさは生まれます。

厚生労働省の指針は、求職活動等におけるセクハラを、事業主が雇用する労働者の性的な言動により、求職者等の求職活動等が阻害されるものと整理しています。同性に対する行為も対象であり、性的指向やジェンダーアイデンティティにかかわらず適用されます。つまり、従来の「男性社員から女子学生へ」という固定的なイメージだけで設計すると、実際のリスクを取り逃がします。

典型例も広いです。少人数の説明会で身体に触れる、インターン中に性的な冗談やからかいを続ける、面接で性的な事実関係を尋ねる、社員訪問で性的関係を求める、私的な食事に執拗に誘う。これらは極端な例外ではなく、採用接点が一対一化し、非公式化したときに起きやすい行為です。

採用担当者は「本人同士のやり取り」と捉えがちですが、企業の雇用する労働者が関わる以上、会社の管理責任から切り離せません。とくにリクルーター制度や社員紹介を活用する企業では、現場社員が採用の入口に立ちます。人事部だけが規程を知っていても、実際に候補者と接する社員に行動基準が届いていなければ、統制は成立しません。

オンライン化で広がる社外接点

新しい指針は、SNS等のオンラインを介したものやオンライン上で行われるものも、求職活動等に含まれると明記しています。これは実務上の意味が大きいです。採用イベント後の個別チャット、ビデオ面談、カジュアル面談、社員の私用アカウントを使った連絡は、社内の会議室より記録管理と監督が難しくなります。

オンライン化は候補者にとって便利ですが、企業側の目が届かない接点を増やします。連絡時間が夜間に及ぶ、私的な相談に誘導される、選考情報と引き換えに飲食へ誘われる、個人のSNSで継続的に接触される。こうした行為は、物理的接触がなくても、求職活動の意欲を低下させる十分な要因になります。

企業がまず決めるべきなのは、連絡手段の標準化です。候補者との面談時間、面談場所、同席者の有無、利用可能なSNSやチャットツール、私用アカウントの使用禁止、飲食を伴う面談の扱いを明文化する必要があります。厚労省の説明資料も、面談時間や場所、実施体制、やり取りに用いるSNSの種類を指定し、労働者と求職者等に周知する対応例を示しています。

採用の現場では、柔軟さが価値になる場面もあります。候補者の都合に合わせた夜間面談や、若手社員によるカジュアルな相談機会は、企業理解を深める有効な手段です。ただし、柔軟さと無統制は違います。候補者の安心を守るには、自由度を残す領域と禁止する領域を分け、例外を記録できる仕組みが欠かせません。

半数未対応を生む相談件数の錯覚

公的調査が示す低い相談顕在化

厚労省委託の令和5年度「職場のハラスメントに関する実態調査」は、企業調査で有効回答7,780件、就活等セクハラの特別サンプル調査で1,000人を対象にしています。企業調査では、過去3年間に就活等セクハラの相談があった企業は0.7%でした。数字だけを見ると、発生頻度が低い問題のように映ります。

しかし、この0.7%は安心材料として読むべきではありません。候補者は社員ではないため、社内相談窓口の存在を知らないことが多く、相談しても選考上不利になるのではないかと考えます。採用過程は短期間で終わるため、被害を受けても「内定を取るまで我慢する」「別の会社を受ける」と判断されやすい構造があります。

同調査では、就活等セクハラに該当すると判断した事案があった企業において、事案の内容は「性的な冗談やからかい」が45.0%で最も高く、行為者は「インターンシップを担当した自社従業員」が40.0%で最多でした。これは、面接官だけを管理すればよいという発想の限界を示します。候補者と接する社員全体がリスクの入口になります。

さらに、就活等セクハラを受けていると相談した後の対応では、インターンシップ中、インターンシップ以外の就職活動中ともに、「解決策・対応策は示してくれなかったが、相談にのってくれた」が最多でした。傾聴は必要ですが、候補者が求めているのは安全の回復です。相談を受け止めるだけで、事実確認、行為者との分離、再発防止まで動かなければ、制度としては不十分です。

半数近い未実施が残る現場差

同じ調査で、就活生等に対するセクハラの予防・解決のための取組を「何も実施していない」企業は47.5%でした。従業員99人以下では50.6%に上ります。パワハラや職場のセクハラ対策では取組実施率が高い一方、採用段階のセクハラはまだ後回しにされている実態が見えます。

未対応が残る背景には、相談件数の少なさに加え、採用活動の分散があります。大企業でも、部署別インターン、研究室訪問、リファラル採用、アルムナイ経由の面談など、人事部が直接見ていない接点が増えています。中小企業では、経営者や現場責任者が採用を兼ね、明文化されたルールを作る余裕がない場合もあります。

もう一つの盲点は、就活セクハラを「学生向けの特殊問題」と見てしまうことです。指針上の求職者等には、企業求人に応募する者だけでなく、採用に資する活動に参加する者、教育実習や看護実習などの実習を受ける者も含まれます。新卒採用だけではなく、中途採用、職場体験、実習受け入れ、専門職採用にも同じ発想が必要です。

人材戦略の観点では、対策の遅れは採用競争力の毀損につながります。候補者は企業の給与水準や事業内容だけでなく、選考過程でどう扱われたかを見ています。面談の安全性、相談窓口の見つけやすさ、社員の言動の一貫性は、入社前から組織文化を映すシグナルです。優秀な人材ほど、危険を感じる企業から静かに離れていきます。

企業価値を守る採用ガバナンスの実装

ルール化すべき面談と連絡手段

義務化後に企業が講じるべき措置は、単なる研修の実施ではありません。まず、求職活動等におけるセクハラを行ってはならない方針を明確にし、管理監督者を含む労働者へ周知する必要があります。あわせて、違反者には厳正に対処する方針と対処内容を、就業規則や服務規律に位置付けることが求められます。

採用実務では、候補者と接する場面ごとのルールが要点です。面談は原則として業務時間内、会社指定の会議室または公式オンライン会議で実施する。社員単独の夜間飲食を伴う面談を禁止する。候補者との連絡は採用管理システム、会社メール、会社指定ツールに限定する。私用SNSでの継続連絡を避け、例外は人事部へ報告する。この程度まで具体化しなければ、現場の判断に委ねられてしまいます。

リクルーターやOB・OG訪問に関わる社員には、採用面接官と同じ水準の研修が必要です。候補者に尋ねてよい質問、避けるべき私生活への立ち入り、飲食や移動を伴う面談の禁止、セクハラだけでなくパワハラに類する威圧的言動への注意を共有します。若手社員に「自然体で話して」と任せるだけでは、候補者を守る仕組みになりません。

相談窓口を候補者に届かせる設計

義務化で特に重いのは、求職者等からの相談に応じる体制整備です。指針は、相談窓口をあらかじめ定め、求職者等に周知することを求めています。候補者は人事担当者に相談をためらうことも想定されるため、人事担当者以外を窓口担当にする、または外部機関に委託する選択肢もあります。

相談窓口は、採用サイトの奥に置くだけでは足りません。募集要項、インターン案内、面談案内メール、採用管理システムの候補者画面、イベント受付ページに明示する必要があります。候補者が「相談したら落とされる」と考えないよう、相談したことによる不利益取扱いを禁止する方針も、応募者向けに伝えるべきです。

相談があった後の手順も前もって決めておきます。相談者と行為者の双方から事実関係を確認し、認識や心身の状況に配慮する。主張が食い違う場合は第三者からも聴取する。事実が確認できた場合は、被害者と行為者を引き離し、行為者に懲戒その他の措置を講じる。事実確認が難しい場合でも、方針の再周知や研修など再発防止を行う。これらは指針が示す実務の骨格です。

経営層が見るべき指標も変わります。採用活動に関わる社員の研修受講率、候補者への窓口周知率、非公式面談の例外申請件数、相談への初動時間、再発防止策の実施状況を、人事部門の内部統制指標として管理する必要があります。就活セクハラ対策は、採用広報の付属業務ではなく、人的資本経営のリスク管理です。

義務化後に問われる中小企業の実効性

10月の施行後、形式的な規程整備だけで実効性を確保するのは難しいです。大企業はリクルーターやインターンの接点が多く、運用漏れが起きやすい一方、中小企業は経営者や現場責任者の属人的な採用に依存しがちです。どちらも「誰が候補者と接触しているか」を把握する台帳がなければ、相談対応の起点を失います。

批判的に見れば、今回の義務化だけで被害がすぐに消えるわけではありません。候補者が声を上げにくい構造は残り、相談窓口があっても信頼されなければ使われません。企業が本当に備えるには、採用接点のログを残し、候補者に第三者的な相談先を示し、発生時に選考プロセスから独立した調査を行う体制が必要です。

一方で、早く整備した企業には利点があります。安全な採用プロセスは、候補者の心理的負担を下げ、内定承諾前の信頼形成につながります。採用難の時代には、ハラスメント対策は守りの法務だけでなく、選ばれる会社になるための競争条件です。

経営者が10月前に点検すべき採用統制

企業が今すぐ点検すべき項目は明確です。第一に、求職者等セクハラを禁止する方針と懲戒方針を就業規則や服務規律に反映することです。第二に、面談時間、場所、同席者、連絡手段、SNS利用、飲食を伴う接点のルールを文書化することです。第三に、候補者が見つけやすい相談窓口を設け、不利益取扱いをしない方針を周知することです。

採用は企業と人材が最初に出会う場です。そこでの不適切な言動は、個人の尊厳を傷つけるだけでなく、企業の人材戦略と評判を同時に損ないます。10月施行までの準備期間は長くありません。人事部任せにせず、経営会議で採用接点の棚卸しを行うことが、企業価値を守る最短ルートです。

参考資料:

渡辺 由紀

雇用・人材戦略・キャリア

雇用・人材戦略・キャリアを専門に取材。高専人材の争奪戦から中途採用市場の変化まで、「働く」を取り巻く構造変化を解き明かす。

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