実力主義なのに多様性が進まない職場に潜む見えないゲタの正体とは
実力主義に潜む見えないゲタの疑義
「うちは実力主義だから、女性を特別扱いしない」。企業の現場でよく聞く言葉です。この主張は一見もっともらしく見えます。評価は能力と成果で決めるべきで、属性で優遇すべきではないという考え方自体は、原則として正しいからです。ただし本当に問うべきなのは、「何を実力として測っているのか」です。
日本では女性の就業率が上がり、M字カーブも薄れてきました。それでもOECDは日本の男女賃金格差が2022年時点でOECD内4番目に大きいと指摘しています。WEFの2025年報告でも、日本の上級管理職などのカテゴリにおける女性比率は16.1%にとどまります。もし実力だけで選んでいるのに結果がここまで偏るなら、評価の物差しそのものに「見えないゲタ」が埋め込まれている可能性を疑うべきです。
実力主義が多様性を生まない理由
数字が示す「機会の非対称」
OECDの日本経済審査は、女性の雇用率自体は高まっている一方で、雇用の質の格差が大きいと指摘しています。2022年時点で日本の男女賃金格差はOECDで4番目の大きさでした。さらに、30歳時点では未婚女性の89%が就業し、その4分の5が正規雇用であるのに対し、既婚女性は37%しか就業しておらず、正規雇用はその半数にとどまるとされています。47歳までに既婚女性の就業率は74%まで戻りますが、その増加分の88%は非正規雇用です。
このデータが示すのは、能力差よりも「働き続けられる条件」の差です。出産や育児で一度キャリアが分断されると、同じ学歴や経験を持っていても正規ルートに戻りにくい。非正規雇用に移ると賃金カーブも昇進機会も弱くなり、結果として「実力の証明」を積みにくくなります。評価の入り口に差があるのに、出口だけ見て実力差と解釈すれば、構造的な不利は永続化します。
厚生労働省も2026年2月の解説で、第1子出産後も約7割の女性が就業継続するようになった一方、25~29歳をピークに正規雇用比率が下がり、再就職では短時間・パートタイム就労への移行が多いと整理しています。つまり「働いているかどうか」だけでは足りず、「どの雇用区分で働けているか」を見なければ、実力主義の実態は分かりません。
「長くいる人」が有利になる評価の癖
実力主義が歪む典型は、成果ではなく可処分時間を高く評価してしまうことです。内閣府男女共同参画局は、長時間労働の是正とワーク・ライフ・バランスを女性活躍の前提条件として位置づけています。裏を返せば、長時間労働が標準のままでは、多様な人材が同じ土俵に立てないということです。
多くの企業では、昇進候補に求める条件が明文化されていなくても、遅い時間の会議に出られること、急な異動や転勤に応じられること、育成や雑務を引き受けられることが事実上の加点要素になりがちです。これらは成果そのものではなく、生活制約の少なさを評価しているに近い面があります。家庭内ケア負担が偏る社会では、この前提が特定の層に有利な「ゲタ」になります。
本来の実力主義なら、同じ成果を出した人が同じように評価されるはずです。しかし現実には、成果の前に「出場資格」を得られるかどうかで差がついています。だから多様性が進まないのです。女性を特別扱いしているのではなく、すでに誰かが特別扱いされている状態を見落としていると言うほうが正確です。
「見えないゲタ」を外す人事制度の条件
特別扱いではなく評価基準の補正
この問題への返し方は単純です。「実力主義には賛成です。だからこそ、実力に見えているものの中に、長時間労働や無中断キャリアが混ざっていないか確認したい」と言えばよいのです。論点は優遇の是非ではなく、評価軸の精度です。
内閣府男女共同参画局は、ポジティブ・アクションを、構造的な不利益を受けている人に一定の機会を提供し、実質的な機会均等を実現するための暫定措置と定義しています。ここで重要なのは、単純な人数割り当てだけが手法ではないことです。目標設定、仕事と生活の調和の基盤整備、情報開示も含めて制度を補正するという発想です。
実務で効くのは、評価項目を細かく分解することです。売上や利益だけでなく、担当範囲、意思決定の難度、チーム貢献、再現性を言語化し、残業時間や出社時間の長さを暗黙の加点から外す。管理職候補の選抜でも、「いつでも動ける人」ではなく、「役割定義された責任を果たせる人」に基準を置き直す必要があります。
開示義務拡大が迫る企業の説明責任
2026年4月から、常時雇用101人以上の企業には、男女間賃金差異と女性管理職比率の公表が義務化されました。これは企業にとって負担である一方、実力主義を本当に掲げるなら歓迎すべき制度です。数字を公表すれば、採用、配置、昇進、離職のどこで差が開いているかを社内外に説明しなければならなくなるからです。
WEFの2025年報告では、日本の総合順位は148カ国中118位で、上級管理職などの女性比率は16.1%にとどまります。こうした現状で「うちは公平に評価している」と言い切るには、感覚ではなくデータが必要です。賃金差や管理職比率の開示は、DEIのためというより、評価制度の信頼性を検証するための仕組みだと捉えたほうが建設的です。
開示義務下で問われる実力定義の更新
注意したいのは、数字だけで人事を運営しようとすることです。比率目標だけを追うと、現場では「結局は属性で選んでいる」と受け止められやすくなります。重要なのは、なぜ差が出ているのかを工程別に示し、評価の補正が成果基準を弱めるものではないと説明することです。
今後の焦点は、開示義務の広がりをきっかけに、企業が評価制度の中身まで踏み込めるかです。長時間労働の前提、転勤を含む配置慣行、非正規と正規の分断、管理職候補の育成機会の偏りを放置したままでは、多様性は進みません。30年後も人材を確保できる組織になりたいなら、「実力」の定義をいま更新する必要があります。
見えないゲタを外す評価基準の解像度
「女性を特別扱いしない」という言い方は、中立に見えて、現行制度の偏りを固定しやすい面があります。本当の実力主義なら、多様な人が同じ条件で挑戦でき、同じ成果で同じ評価を受けられるはずです。現状の日本では、結婚・出産後の雇用区分の変化、長時間労働、非正規比率の高さが、その前提を崩しています。
返すべき言葉はシンプルです。実力主義に賛成だからこそ、見えないゲタを外そう。これが企業の成長にも、人材確保にも、組織の納得感にもつながります。これからの人事に必要なのは、特別扱いの議論より、評価基準の解像度を上げることです。
参考資料:
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