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日産EV部品の英国生産白紙化、欧州販売不振が映す再建計画の難路

by 田中 健司
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サンダーランドEV部品計画白紙化の衝撃

日産自動車の英国EV戦略で、完成車だけでなく中核部品まで現地化する構想に揺らぎが出ています。子会社のJATCOがサンダーランド周辺で準備していたEV向け駆動装置の生産は、英メディア報道などで供給計画の見直しが伝えられました。

焦点は、モーター、インバーター、減速機を一体化した「3-in-1」駆動装置です。EVの走行性能と原価を左右する部品であり、単なる外注先の変更ではありません。完成車工場、電池、駆動装置を近接配置する英国のEV産業政策そのものにも影響する論点です。

日産は経営再建計画「Re:Nissan」で、2026年度までに自動車事業の営業利益とフリーキャッシュフローの黒字化を掲げています。欧州EV市場は伸びている一方、日産のリーフとアリアは販売面で勢いを欠きます。今回の見直しは、需要予測より先に生産能力を積み上げるリスクを示す事例です。

年34万台構想から方針転換へ至る採算問題

JATCO英国工場に込められた供給網構想

JATCOの英国進出は、発表時点では日産の欧州電動化を支える象徴的な投資でした。JATCO公式発表によると、サンダーランド近郊の施設は約13万8840平方フィートで、投資額は4870万ポンド、最大183人の高度人材雇用を見込んでいました。生産能力は年34万台規模とされ、2026年から日産英国工場への供給を始める計画でした。

英国政府もこの案件を、北東部にEVサプライチェーンを集める政策の一部として位置づけていました。政府発表では、JATCOの新拠点は日産の隣接工場向けに3-in-1電動パワートレインを生産し、周辺サプライチェーンで400人超の雇用を支えると説明されました。S&P Globalは、投資がAutomotive Transformation Fundを通じた1200万ポンド超の政府支援で後押しされたと報じています。

この構想の意味は、輸送費削減だけではありません。EVは電池、モーター、インバーター、車体制御の擦り合わせが競争力を左右します。完成車工場のそばに駆動装置の量産拠点を置けば、立ち上げ時の品質確認、設計変更、在庫圧縮を進めやすくなります。サンダーランドを欧州EVの拠点にする日産の「EV36Zero」とも整合していました。

一方で、年34万台という能力は固定費を伴います。ラインを敷き、人員を採用し、専用設備を入れれば、販売台数が伸びない局面でも償却費は残ります。EV駆動装置は内燃機関の部品より部品点数が少ない半面、電力変換部品や制御品質の要求が高く、初期投資を十分な量で回収できるかが採算の分かれ目です。

リーフとアリアの販売失速が示す需要差

需要面の不安は、日産の公式販売実績に表れています。2026年3月の欧州小売販売で、リーフは3月単月が0台、2026年1〜3月累計も0台でした。2025年度通期では87台にとどまり、前年同期の7725台から98.9%減少しています。

ただし、リーフの数字は旧型から新型への切り替えと量産立ち上げの影響を含みます。英国政府は2025年12月、次世代リーフのサンダーランド生産開始を発表し、日産が4億5000万ポンド超を投じたと説明しました。したがって、リーフの落ち込みを純粋な需要消滅と読むのは早計です。

より構造的に重いのはアリアです。日産の同じ販売実績では、欧州のアリア販売は2026年1〜3月累計で2110台と前年同期比68.5%減、2025年度通期でも1万1507台と44.0%減でした。アリアは日産の本格EVクロスオーバーとして投入された車種であり、この減速はEV専用モデルの競争力に直接関わります。

市場全体は逆方向に動いています。欧州のBEV登録は2026年1〜3月にEU・EFTA・英国合計で72万3704台となり、前年同期比26.2%増でした。EUだけを見てもBEVは54万6937台、シェアは19.4%に上昇しています。欧州でEVが売れていないのではなく、日産のEVが市場成長を取り込めていない構図です。

この差が、駆動装置の英国生産を難しくします。部品工場の採算は、完成車の販売台数と車種展開の確度に依存します。リーフの立ち上げが遅れ、アリアの販売が落ち、将来のJuke EVやQashqai EVの需要が読みにくければ、日産は英国に専用設備を置くよりも、既存拠点や外部調達で変動費化する選択を取りやすくなります。

Re:Nissanが迫る欧州生産網の圧縮

1ライン化が示す固定費削減の優先順位

サンダーランドでは、完成車生産側でも効率化が進んでいます。英ITVなどは2026年5月、日産が同工場の2本の生産ラインを1本に統合し、欧州全体では約900人規模の人員削減協議に入ったと報じました。日産は英国工場のライン統合について、直接的な工場人員削減にはつながらないと説明しています。

Auto Expressは、サンダーランド工場が年50万台超の能力に対して半分程度の稼働にとどまっていたと報じ、2025年の生産台数を27万3174台と伝えました。日産の公式実績でも、英国生産は2025年度で27万9029台です。巨大工場としては存続していても、複数ラインを維持するほどの量がないという現実があります。

ライン統合は、EVの将来を諦める動きではありません。むしろ、Qashqai、Juke、新型リーフを同じ生産基盤でさばき、需要に応じて配分する柔軟性を高める狙いがあります。問題は、固定費を下げる局面では、部品側の新規投資も同じ基準で精査されることです。

Re:Nissanは、コスト構造の改善、市場・商品戦略の再定義、パートナーシップ強化を柱にしています。欧州のように競争が激しく、BYDやSAIC系MGなど中国勢も価格競争力を高める市場では、販売台数を楽観して設備を先行させる余裕は小さくなります。JATCO英国計画の見直しは、完成車のライン統合と同じ方向を向いた資本配分の引き締めです。

EV36Zeroと英国産業政策の揺らぎ

日産のサンダーランド戦略は、英国にとっても重要な産業政策でした。英国政府は、同工場を国内最大級の自動車生産拠点として扱い、日産が2023年に地域へ20億ポンドを投じる計画を示したことをEV移行の成功例として発信してきました。次世代リーフの生産開始時にも、約6000人の雇用と広いサプライチェーンを支える案件と説明しています。

さらに、AESCの15.8GWh級ギガファクトリーがリーフ向け電池供給を担うことで、車両、電池、再生可能エネルギー、部品を束ねる構図が描かれました。JATCOの駆動装置が予定通り加われば、サンダーランドはEVの主要価値部品を域内に持つ拠点として説得力を増したはずです。

しかし、完成車の販売が期待通りでなければ、産業政策上の理想だけでは工場は回りません。英国はEUを離脱した後も欧州市場への輸出拠点としてサンダーランドを維持したい立場ですが、メーカー側は関税、原産地規則、補助金、物流費、為替を総合して判断します。JATCO計画の白紙化は、政策支援があっても需要と採算が最終判断を決めることを示しています。

JATCO自身にとっても難しい判断です。同社はサステナビリティ報告書で、2030年にEVユニット年500万台の生産体制を目指すとし、日産と共同開発したX-in-1電動パワートレインの量産を進めると説明しています。英国生産の見直しは、電動化そのものから退くというより、どの地域で、どの車種向けに、どの量を作るかを再配分する動きと見るべきです。

部品現地化が残す雇用と競争力の論点

今回の計画見直しで最も見えにくいのは、地域雇用への中長期影響です。政府発表時の最大183人という雇用計画は、単体ではサンダーランド全体の6000人規模と比べて小さく見えます。しかし、電動化でエンジン関連部品の仕事が減るなか、モーターやインバーターの生産は地域が次の技能を獲得する重要な足場でした。

部品現地化の後退は、完成車工場の競争力にも跳ね返ります。EVの原価は電池が大きいとはいえ、駆動装置やパワーエレクトロニクスも差別化とコスト低減の余地がある領域です。輸入部品に頼れば、短期的には投資負担を避けられますが、物流、為替、在庫、原産地要件への感応度が上がります。

一方で、日産の経営から見れば、需要が確認できない段階で専用ラインを抱える方が危険です。欧州ではBEV市場が伸びても、価格帯、航続距離、充電性能、ブランド認知で競争が細分化しています。リーフの新型投入、Micra EV、Juke EV、将来のQashqai EVがどの程度販売を回復できるかを見極めるまで、部品投資を抑える判断には合理性があります。

サプライヤー側の教訓は、完成車メーカーの発表済み計画をそのまま前提にしないことです。EV移行は直線的ではなく、補助金、電池価格、中国勢の攻勢、内燃機関車の利益確保によって投資判断が揺れます。地域にとっては、特定メーカーの単一車種に依存せず、複数社へ供給できる部品・加工・保全の能力を育てることが重要になります。

投資家とサプライヤーが追うべき確認材料

今後の焦点は三つあります。第一に、新型リーフの欧州登録が2026年春以降にどれだけ回復するかです。モデル切り替えによる販売空白なら、数カ月で数字に表れます。第二に、アリアの販売減が価格改定や仕様変更で止まるかです。ここが戻らなければ、日産EVのブランド課題は残ります。

第三に、サンダーランドの空き能力を誰が埋めるかです。報道では中国メーカーとの協議も取り沙汰されています。日産が自社EVだけで工場を満たせない場合、他社生産や部品供給の再設計が英国拠点の採算を左右します。

今回の白紙化は、EVシフトの後退ではなく、投資の順番を需要実績に合わせ直す局面です。読者が注視すべきは、日産の発表する欧州販売の月次実績、サンダーランドの稼働率、JATCOの代替製品計画です。これらがそろって初めて、英国EV拠点の再建が一時的な縮小で終わるのか、構造的な再配置に進むのかが見えてきます。

参考資料:

田中 健司

製造業・建設・インフラ

製造業・建設・インフラ産業を中心に取材。大企業の事業再編から建設現場の人手不足問題まで、日本の産業基盤の変化を追い続ける。

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