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富士通エアコン売却が示す「捨てる経営」の効果

by 鈴木 麻衣子
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富士通エアコン売却と捨てる経営の焦点

企業価値を高めるために、あえて事業を「捨てる」決断が注目を集めています。富士通は長年の懸案だったエアコン事業(富士通ゼネラル)をパロマ・リームホールディングスに売却し、ITサービス企業への転換に本格的な区切りをつけました。

一方で、同じ総合電機メーカーとして比較される日立製作所やソニーグループは、すでに大胆な事業ポートフォリオの組み替えを実行し、株価や時価総額で大きな成果を上げています。「事業を捨てる」決断のタイミングと実行力が、企業の命運を分ける時代に入っています。

本記事では、富士通のエアコン事業売却の経緯と背景を整理したうえで、日立・ソニーとの比較から「捨てる経営」が企業価値にもたらす効果を解説します。

富士通ゼネラル売却の全容

パロマ・リームへの920億円での譲渡

2025年1月、富士通は約44%を保有していた空調大手・富士通ゼネラルの株式を、給湯器大手パロマの持ち株会社であるパロマ・リームホールディングスに売却すると発表しました。売却額は約920億円です。

パロマ・リームによるTOB(公開買付け)は2025年5月28日に成立し、富士通ゼネラルは同年8月19日に上場廃止となりました。その後、社名も「株式会社ゼネラル」に変更され、富士通ブランドのエアコンという一時代が幕を閉じることになりました。

なぜ売却に踏み切ったのか

富士通がエアコン事業を手放した背景には、明確な経営戦略の転換があります。富士通は「ITサービス企業」への変革を掲げ、DXソリューション「Fujitsu Uvance」を成長の柱に据えています。2024年度のFujitsu Uvance売上高は4,828億円(前年比31%増)と急拡大しており、経営資源の集中が求められていました。

空調専業の富士通ゼネラルは、かつてはグループ内でシナジーが見込まれていました。しかし、デジタルサービス企業への変革が進むにつれ、本体との事業上の親和性が薄れていったのです。ダイキン工業や中国メーカーなど空調業界の巨大プレーヤーと競争するには、富士通グループの中では十分な投資を得ることが難しいという構造的な課題もありました。

富士通ゼネラルだけではない売却の連鎖

富士通の事業ポートフォリオ改革は、エアコン事業だけにとどまりません。半導体パッケージ基板を手掛ける新光電気工業を産業革新投資機構(JIC)へ売却することを決め、乾電池などを製造するFDKの売却方針も示しています。ITサービスを主軸とした事業構造への転換を、一気に加速させている状況です。

先行者・日立とソニーの成功パターン

日立製作所:22社から「ルマーダ」集中へ

日立製作所は「捨てる経営」の代表的な成功事例です。2006年時点で連結上場子会社は22社にのぼりましたが、2009年のリーマンショックで7,873億円の巨額赤字を記録したことを契機に、大胆な事業構造転換に着手しました。

2017年から2022年にかけて、日立マクセル、クラリオン、日立化成(現レゾナック)、日立金属(現プロテリアル)、日立建機、日立物流と、黒字の優良上場子会社を次々に売却・整理しています。日立化成と日立金属のTOB総額はそれぞれ8,000億円超の大型案件でした。

こうした決断の結果、日立はデジタル事業「ルマーダ」と送配電事業に経営資源を集中させることに成功。2024年6月には時価総額が約16兆9,420億円に達し、ソニーグループを抜いて国内第4位の時価総額企業に浮上しました。「総合電機メーカー」からデジタル・エネルギー企業への変貌を遂げ、市場から高い評価を得ています。

ソニーグループ:金融分離でエンタメ企業へ

ソニーもまた、事業を「捨てる」ことで企業価値を高めた代表例です。1990年代以降、製造業を縮小し、ゲーム・音楽・映画をグローバル展開する総合エンターテインメント企業へと大転換しました。

2025年10月には、完全子会社だったソニーフィナンシャルグループの「パーシャルスピンオフ」を実施。日本で初めてこの手法を活用した上場として注目されました。金融事業を切り離すことで、ゲーム・音楽・映画というエンタメ中核事業への集中を明確にしています。

この戦略転換の効果は業績に如実に表れています。ソニーグループの連結当期利益は1兆800億円と過去最高を更新し、アナリストの平均目標株価も現在の株価を大きく上回る水準が提示されています。

「捨てる経営」がもたらすメカニズム

コングロマリット・ディスカウントの解消

日本企業の企業価値が長期低迷してきた要因の一つに、「コングロマリット・ディスカウント」があります。複数の事業を抱える企業の時価総額が、各事業を個別に評価した合計値を下回る現象です。

事業間のシナジーが薄い場合、経営管理の複雑化や投資判断の不透明さが嫌気され、株式市場で割り引かれてしまいます。非中核事業を売却・分離することで、投資家は残った事業の価値を正当に評価しやすくなり、ディスカウントが解消に向かうのです。

経営資源の集中と成長投資の好循環

事業売却で得た資金と、経営陣の時間・注意力が中核事業に集中することも大きなメリットです。富士通の場合、DXソリューションに経営資源を集中投入できるようになり、2025年度のFujitsu Uvance売上目標は7,000億円と強気の設定がなされています。

日立は送配電・デジタル分野への集中投資により、世界的な脱炭素需要を取り込むことに成功しました。ソニーもエンタメ領域への大型投資を加速させており、事業を絞り込むことが成長投資の好循環を生んでいます。

パロマ・ウシオに広がる捨てる経営の論点

売却のタイミングが明暗を分ける

「捨てる経営」が注目される一方、その効果はタイミングに大きく左右されます。日立が本格的な事業売却に着手したのは2009年の巨額赤字がきっかけでしたが、結果として10年以上をかけた変革が実を結んでいます。富士通は日立やソニーに比べて事業ポートフォリオの組み替えに時間がかかったとも指摘されています。

判断の遅れは機会損失につながります。変革を決断した後にいかに迅速に実行するかが、株価への影響を左右する重要な要素です。

売却先との関係性も重要

富士通ゼネラルのケースでは、パロマ・リームホールディングスという相手先との組み合わせが注目されました。パロマは「水(給湯)とガス(燃焼)」の技術を持ち、ゼネラルは「電気(ヒートポンプ)と空気(空調)」の技術を持っています。売却先との技術補完関係があることで、売却される側の事業の成長可能性も高まります。単なる切り捨てではなく、事業がより活躍できる環境への移行という視点が重要です。

ウシオ電機など中堅企業にも波及

大手企業だけでなく、中堅企業にも「捨てる経営」の波は広がっています。ウシオ電機は2024年5月に新成長戦略「Revive Vision 2030」を発表し、事業ポートフォリオ変革を掲げました。不採算事業のてこ入れとIndustrial Process事業への集中を打ち出し、2030年に営業利益率12%以上、ROE12%以上という意欲的な目標を設定しています。事業を絞り込む方針を明確に示すことで、市場からの評価改善を目指す動きが広がっています。

富士通・日立・ソニーに共通する事業選別

富士通のエアコン事業売却は、日立・ソニーに続く「捨てる経営」の象徴的な事例です。非中核事業を手放し、DXという成長領域に経営資源を集中させることで、企業価値の向上を目指す構図が鮮明になっています。

日立は上場子会社22社を大胆に整理してデジタル・エネルギー企業に変貌し、ソニーは金融事業をスピンオフしてエンタメ企業としての評価を確立しました。共通するのは、黒字であっても中核戦略に合わない事業は手放すという覚悟です。

投資家にとっては、企業がどのような事業を残し、何を捨てるかという経営判断そのものが、今後の株価を左右する重要な評価軸となっています。事業を「捨てる」決断こそが、企業の未来を切り拓く時代に入ったと言えるでしょう。

参考資料:

鈴木 麻衣子

企業経営・コーポレートガバナンス

企業経営・コーポレートガバナンスを専門に取材。経営戦略の成功事例から不正会計の構造的問題まで、企業の「あり方」を鋭く問う。

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