キーエンス流「実効会議」で無駄な会議を撲滅
はじめに
「この会議、本当に必要だったのか」。そう感じた経験は、ビジネスパーソンなら誰しもあるのではないでしょうか。パーソル総合研究所の調査によれば、無駄な会議による日本企業の損失は年間15億円にも上るとされています。会議の生産性向上は、多くの企業にとって喫緊の課題です。
この問題に対して、独自のアプローチで成果を上げているのが、営業利益率55%超を誇るキーエンスです。同社出身のコンサルタント高杉康成氏が著書『キーエンス流 性弱説経営』で提唱する「実効会議」の考え方が、いま注目を集めています。この記事では、キーエンス流の会議術と、その根底にある「性弱説」の思想について解説します。
「性弱説」とは何か
人は善でも悪でもなく「弱い」
キーエンスの経営を支える根本的な思想が「性弱説」です。これは「性善説」でも「性悪説」でもなく、「人は弱いものだ」という前提に立つ考え方です。人は難しいことや新しいことを積極的には取り入れたがらない。目先の簡単な方法を選んでしまいがちである。こうした人間の本質を否定するのではなく、受け入れたうえで仕組みを設計するのがキーエンス流です。
重要なのは、これが「相手を信頼していない」ということではない点です。性弱説は、信頼の有無にかかわらず、仕事の目的を達成する確率を最大化するために、どのようなアプローチをとるべきかを最優先に考える姿勢です。個人の意志力や善意に頼るのではなく、仕組みによって成果を担保するという発想が根底にあります。
仕組み化が高利益を生む
キーエンスは売上高1兆円未満ながら、日本の時価総額ランキングで第5位に位置する超高収益企業です。その成功の秘訣は、属人的なスキルや能力に依存しない「仕組み化」にあります。営業、マーケティング、企画開発など、あらゆる部門で仕組みが構築され、誰がやっても一定以上の成果が出る体制が整えられています。
会議の運営も例外ではありません。会議という場においても、性弱説に基づいた仕組みが徹底されています。
2種類の会議と「実効会議」の本質
世の中の会議は大きく2種類に分かれる
高杉氏は、世の中の会議を大きく2種類に大別しています。1つは報告・連絡・共有を中心とした「定型会議」です。参加者が順番に進捗を報告し、情報を共有することが主な目的となります。もう1つは、課題解決や意思決定を目的とした「実効会議」です。
多くの企業で問題となっているのは、本来「実効会議」であるべき場が、実質的に「定型会議」になってしまっているケースです。報告や資料の読み上げに時間が費やされ、肝心の議論や意思決定に割く時間が不足する。これは多くのビジネスパーソンが感じている課題でしょう。
「ダメなものはダメ」と言える場をつくる
キーエンス流の実効会議で重視されるのは、参加者が率直に意見を述べ、「ダメなものはダメ」と主張できる環境づくりです。性弱説の観点から見れば、人は対立を避け、波風を立てたくないという弱さを持っています。上司の意見に反論しにくい、多数派に同調してしまうといった傾向は、どの組織にも存在します。
だからこそ、仕組みでそれを補う必要があります。たとえば、会議の冒頭でゴールを明確に定義し、そのゴールに対して各参加者が明確なポジションを表明する仕組みを設けることで、「なんとなく合意」を防ぎます。目的が曖昧な会議では、人は弱さに流されやすくなりますが、ゴールが明確であれば議論は自然と核心に向かいます。
実効会議を実現するための具体的手法
時間チャージの可視化
キーエンスでは、会議の生産性を高めるためにユニークな手法が用いられています。その1つが、参加者全員の「時間チャージ」を計算し、会議で生み出すべき付加価値額を可視化する方法です。
たとえば、年収600万円の社員の時間チャージは1時間あたり約5,000円です。10人が参加する1時間の会議であれば、その会議には5万円分の人件費がかかっている計算になります。この金額に見合う意思決定や成果が生まれているかを常に意識することで、本当に必要な参加者だけを招集し、会議の密度を高めることができます。
コアタイムの活用と会議の最小化
キーエンスの営業部門では、8時30分から17時30分のコアタイムには原則として会議が禁止されています。この時間帯は顧客対応に集中し、会議や資料作成など社内業務には充てません。結果として、1カ月を通じても会議は1〜2回程度に抑えられています。
この徹底した姿勢は「会議は悪」という発想ではなく、「会議にかける時間に見合う価値を生み出せているか」を常に問い続ける姿勢の表れです。会議の回数を減らすことで、1回1回の会議の質と集中度が高まります。
ゴールから逆算する意思決定
キーエンスでは、結論を早く出すために「ゴールから逆算して考える」アプローチが徹底されています。ゴールが明確であれば、集めるべき情報は最小限で済みます。情報収集の段階で「このゴールは正しいか」を同時に検証できるため、意思決定のスピードと精度が両立します。
10秒考えてもわからない問題は、それ以上考えても答えは出ないという割り切りも、キーエンス流の特徴です。必要な情報が揃っていなければ、「何がわかれば判断できるか」を明確にし、次のアクションにつなげます。
注意点・展望
キーエンス流の実効会議を自社に導入する際には、いくつかの注意点があります。まず、会議改革だけを切り出して実行しても効果は限定的です。性弱説経営は、会議だけでなく組織全体の仕組みとして機能するものです。評価制度や情報共有の仕組みなど、周辺の制度と一体で設計する必要があります。
また、「ダメなものはダメ」と言える文化は、一朝一夕には醸成されません。心理的安全性が確保されていない組織で形だけ導入しても、かえって萎縮を招く可能性があります。まずは小さなチームで試行し、成功体験を積み重ねることが重要です。
会議のDX(デジタル・トランスフォーメーション)も今後の重要なテーマです。議事録の自動化やリアルタイムの意思決定支援など、テクノロジーを活用して実効会議の質をさらに高める取り組みが広がっていくでしょう。
まとめ
キーエンス流の「実効会議」は、人間の弱さを前提とした仕組みづくりという、性弱説経営の思想に根差しています。会議の時間チャージを可視化し、ゴールから逆算して議論を進め、「ダメなものはダメ」と率直に主張できる場をつくる。これらの手法は、特別な才能や強い意志力に頼らず、仕組みで会議の生産性を高めるアプローチです。
年間15億円ともいわれる無駄な会議のコストを削減し、ビジネスを前に進める実効会議へと変革するために、まずは自社の会議を2種類に分類するところから始めてみてはいかがでしょうか。定型的な報告で終わっている会議を見直し、真に価値を生む実効会議へと転換することが、組織の生産性向上への第一歩となるはずです。
参考資料:
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