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カインズ高家社長の経営哲学と成長を支えた変革

by 田中 健司
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はじめに

ホームセンター業界で売上高首位を走り続けるカインズ。その成長を牽引してきたのが、代表取締役社長CEOの高家正行氏です。三井住友銀行、A.T.カーニー、ミスミを経てカインズに入社した「プロ経営者」として知られる高家氏が、18年間の経営経験から到達した哲学を著書『いい経営者は「いい経営」ができるのか』(海士の風)にまとめました。

本書で高家氏が投げかけるのは、「いい経営者であればあるほど、いい経営は難しくなる」という逆説的な問いです。本記事では、カインズの成長の軌跡と、高家氏の経営哲学の核心に迫ります。

プロ経営者・高家正行のキャリアと経営観

銀行員からプロ経営者への転身

高家正行氏は1963年東京都生まれ。1985年に慶應義塾大学経済学部を卒業後、三井銀行(現三井住友銀行)に入行しました。30歳の頃、IBMを立て直したルイス・ガースナー氏のエピソードを知り、「プロ経営者」という職業に目覚めたと語っています。

その後、経営コンサルティングファームのA.T.カーニーに移籍し、2004年にはミスミ(現ミスミグループ本社)に入社。2008年から2013年まで同社の代表取締役社長を務め、成長路線に乗せた実績を持ちます。2016年にカインズ取締役に就任し、2019年から社長CEOとして指揮を執っています。

「戦時」ではなく「平時」にこそ変革を

高家氏の経営哲学の特徴は、「危機が来てから動くのではなく、平時にこそ変革を起こす」という考え方です。多くの企業では業績悪化や外部環境の激変という「戦時」に改革が行われますが、高家氏はカインズが好調な時期にこそ「不連続の改革」が必要だと説きます。

この考え方は、カインズが業績好調だった2019年に就任直後から大規模な組織改革やDX投資に踏み切った行動に表れています。結果を出しているときに変化を起こすことは、社内の抵抗も強くなりがちですが、それこそが真の「いい経営者」の仕事だという信念がうかがえます。

カインズの成長を支えた3つの変革

DXへの大胆な投資

高家氏が就任後に掲げたのが「IT小売企業」への転換です。従来のホームセンターのイメージを覆し、デジタル技術を経営の中核に据える戦略でした。具体的には、社長就任と同時にデジタル戦略本部を新設し、3年間でデジタル関連に100億円超を投資。エンジニアなどのデジタル人材を100人規模で採用しました。

この投資は、店舗のデジタル化やECの強化だけでなく、サプライチェーンの効率化や顧客データの活用など、経営全体のデジタル変革を目指したものです。「無人店舗」のような奇抜な形態ではなく、カインズの強みである「くらしのやさしさ」という価値を守りながら、デジタルで新たな価値を加えるアプローチを取っています。

組織構造の抜本的改革

カインズはかつて創業家の強いリーダーシップのもと、「文鎮型機能別組織」で運営されていました。高家氏はこの組織を、20の部署から7つの本部に再編する本部制組織へと移行させました。

この改革の狙いは、社員一人ひとりが自ら考え行動する「自律型組織」をつくることです。高家氏は「戦略」「組織」「マインド」を三位一体で変革していくことが必要だと説いており、構造を変えるだけでなく、メンバーの思考と行動そのものを変える取り組みを進めました。

東急ハンズの買収と新たな価値共創

2021年には東急ハンズ(現ハンズ)の買収を発表し、2022年に完了しました。高家氏はこの買収について「M&Aというよりも、新たなパートナーとして迎え入れた」と表現しています。

カインズが持つSPA(製造小売)を軸とした商品開発力やデジタル基盤と、東急ハンズが培ってきた商品提案力や目利き力を掛け合わせることで、「DIYを日本の文化として生活に根付かせる」というビジョンの実現を目指しています。郊外を主戦場としてきたカインズにとって、都市部に店舗網を持つハンズの加入は、顧客層の拡大という面でも大きな意味を持ちます。

「社長の存在は小さいほうがいい」という逆説

書籍の核心にある問い

著書『いい経営者は「いい経営」ができるのか』で最も印象的なのは、「いい経営者であればあるほど、いい経営は難しくなる」という逆説です。経営者が強いリーダーシップを発揮すればするほど、従業員は主体性を失いかねないというジレンマを指摘しています。

高家氏は「社長の存在は小さいほうがいい」という考えを持っています。トップが全てを決める組織ではなく、メンバーが自立し自律していく組織こそが持続的な成長を実現できるという信念です。これは、18年間にわたるプロ経営者としての経験から到達した結論であり、従来の「カリスマ経営者」像に対するアンチテーゼとなっています。

業績が裏付ける経営哲学

カインズの売上高は5,738億円(2025年2月末時点)に達し、ホームセンター業界で確固たる首位を維持しています。店舗数は256店舗を展開し、東急ハンズ買収後には32年ぶりの過去最高益を実現しました。

この業績は、高家氏のプロ経営者としての手腕だけでなく、「社長の存在が小さくても機能する組織」を目指した変革の成果とも言えます。DX投資や組織改革を通じて、現場の社員一人ひとりが自律的に判断し行動できる体制を整えた結果が、数字に表れています。

注意点・展望

プロ経営者の限界と可能性

プロ経営者モデルは、創業家経営が長く続いた企業に新たな視点をもたらす一方で、企業文化との摩擦が生じるリスクもあります。高家氏の場合、ベイシアグループの「ハリネズミ経営」、すなわちそれぞれの企業が個性を磨いて独自性を発揮するという方針と調和させながら改革を進めた点が成功要因の一つです。

小売業界の今後

ホームセンター業界全体が回復基調にある中、原材料費の高騰や人手不足といった課題は続いています。カインズのようにDXと組織改革を両輪で進める企業と、従来型の経営を続ける企業との差は今後さらに広がる可能性があります。

まとめ

高家正行氏の経営哲学は、「いい経営者」は自らの存在感を小さくし、組織を自律的に動かすことで「いい経営」を実現するというものです。平時に変革を起こし、DXと組織改革を三位一体で推進してきたカインズの実績がその正しさを証明しています。

経営者にとって本書は、自らのリーダーシップのあり方を見つめ直すきっかけとなるでしょう。「強いリーダー」であることが必ずしも最善ではないという問いかけは、変化の激しい時代を生きる全ての経営者に示唆を与えてくれます。

参考資料:

田中 健司

製造業・建設・インフラ

製造業・建設・インフラ産業を中心に取材。大企業の事業再編から建設現場の人手不足問題まで、日本の産業基盤の変化を追い続ける。

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