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築地・渋谷再開発で広がる割安住宅、東京都容積率緩和新制度の焦点

by 田中 健司
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割安住宅が再開発条件になる背景

東京都心の再開発は、オフィス、商業、ホテル、文化施設を高密度に組み合わせることで、都市の競争力を高めてきました。次の焦点は、その開発利益を住まいの安定にどう戻すかです。築地や渋谷のように地価と賃料が高い地域では、働く人や子育て世帯が近くに住み続ける余地が狭まり、都市機能そのものの持続性が問われます。

東京都はすでに、都市開発諸制度を通じて公開空地、防災、環境、駅との接続、住宅整備などを民間開発の公共貢献として評価してきました。今回の割安住宅をめぐる議論は、その評価軸を一段踏み込み、単に高層ビルを建てやすくする政策ではなく、都心居住を支える社会インフラを開発条件に組み込む政策として読む必要があります。

建設・不動産の視点では、論点は明快です。家賃を抑えた住戸は、建設費、土地コスト、運営利回りのどこかに負担を生みます。その負担を容積率の上積みでどう吸収し、行政がどこまで品質と入居条件を管理できるかが、制度の成否を分けます。

容積率緩和を動かす公共貢献の仕組み

都市開発諸制度の評価軸

容積率は、敷地面積に対する延べ床面積の割合です。都市計画上の上限が大きいほど、同じ敷地により多くの床をつくれるため、再開発の事業採算に直結します。東京都の都市開発諸制度は、この容積率の緩和を、民間事業者が提供する公共貢献と結びつけてきました。

東京都都市整備局は、2025年3月31日に「新しい都市づくりのための都市開発諸制度活用方針」を改定しました。説明資料では、2003年6月の策定以降、民間活力を生かしながらオープンスペースの整備や安全で快適な建築物の建築など、市街地環境の向上を図ってきたと整理しています。つまり制度の本質は、規制緩和そのものではなく、緩和と引き換えに都市に何を返すかという交換条件にあります。

この交換条件は、既存の実例を見るとかなり大きな事業価値を持ちます。東京都が公表する都市再生特別地区の決定一覧では、渋谷駅地区の駅街区で容積率1560%、桜丘町1地区のA街区で1940%、中央区の日本橋一丁目中地区C街区で1950%、八重洲一丁目北地区南街区で2030%といった高い指定が確認できます。都心の大規模開発では、容積率の上積みが事業計画の骨格を左右していることが分かります。

住宅整備が収益性を変える理由

割安住宅を公共貢献として評価する場合、事業者にとっての最大の関心は、賃料を抑える住戸部分と、追加で認められる床の収益がどう釣り合うかです。オフィスや商業床は賃料水準が高い一方、住宅は管理、更新、入居者対応が長期に及びます。さらに家賃水準を政策的に抑えるなら、通常の賃貸マンションとは別の運営ルールが必要になります。

東京都の「住宅の整備に係る規定の取扱い指針」は、都市開発諸制度を活用して住宅を整備する場合、質の高い住宅や受皿住宅の整備、無電柱化、水辺のにぎわい創出、駅とまちが一体となる都市づくりなど、開発区域外も含めた住環境形成を重視しています。受皿住宅については、開発区域を含む区や近接する重点整備地域の区と、規模、所有、管理、役割分担を協議する枠組みも示されています。

この考え方をアフォーダブル住宅に広げるなら、単に住戸数を積むだけでは不十分です。どの所得層を対象にするのか、入居期間をどう決めるのか、賃料改定をどの指標に連動させるのか、事業者が売却した場合に条件をどう承継させるのかを、都市計画決定や協定の段階で明確にしなければなりません。

施工面でも注意が必要です。割安住宅を再開発ビルの一部に組み込む場合、オフィス、商業、ホテル、住宅の動線を分けながら、防災、設備更新、搬入、廃棄物処理を一体で設計する必要があります。建設費が高止まりする局面では、仕様を落として家賃を下げる誘惑が生まれやすくなります。制度が求めるべきなのは、安いが狭く古びやすい住宅ではなく、長期に使える品質を持つ住宅です。

築地・渋谷で問われる都心居住の質

築地地区の大規模都有地活用

築地地区は、東京都心に残された大規模な都有地をどう使うかという点で象徴的です。東京都都市整備局は、築地地区について、都心の大規模な土地や歴史・文化資源などのポテンシャルを生かし、民間の力を最大限に活用して東京の持続的な成長につながるまちづくりを進めると説明しています。2019年3月に築地まちづくり方針を策定し、2022年3月に事業実施方針、2022年11月に事業者募集要項等を公表、2024年4月に事業予定者を決定、2025年3月に基本協定を締結した流れも公表されています。

築地は、単なる再開発用地ではありません。市場の記憶、銀座・汐留・勝どきとの近接性、都心と臨海部を結ぶ位置、観光・MICE・文化機能の可能性が重なります。ここで住宅をどう位置付けるかは、昼間人口を増やす開発から、夜間も人が暮らす複合市街地へ移れるかを左右します。

ただし、築地のような大規模開発で割安住宅を入れる場合、住戸をどこに配置するかが重要です。高層部の眺望価値が高い床を住宅に使うのか、周辺街区に分散整備するのか、近接する生活利便施設や保育機能と一体で整備するのかで、入居者の実際の暮らしやすさは大きく変わります。制度が「周辺に整備する住宅」まで評価対象にするなら、開発地の外に便益を広げられる一方、都心部から離れた名目上の住宅供給にならないよう距離や運営条件の確認が欠かせません。

渋谷地区に残る生活機能の課題

渋谷では、駅周辺再開発と都有地活用が長く重なってきました。東京都の都市再生ステップアップ・プロジェクト渋谷地区は、渋谷区渋谷一丁目23番ほかを対象に、宮下町アパート跡地、東京都児童会館、青山病院跡地の計約2.6ヘクタールを活用するものです。東京都は、渋谷駅周辺の再整備効果をまち全体に波及させ、クリエイティブ産業など渋谷の強みを伸ばす空間を創出することを目的に掲げています。

同ガイドラインの概要には、多様な都心居住の推進も明記されています。クリエイター等が魅力を感じる居住空間や、生活を支える商業等の複合施設を誘導目標としている点は、割安住宅政策との接続可能性を示します。渋谷は働く、学ぶ、遊ぶ機能が強い一方で、日常生活を支える住宅や子育て環境は相対的に見えにくい地域です。

再開発で割安住宅を広げるなら、対象者を「都心で働く若年層」に限定するだけでは政策効果が狭くなります。介護、清掃、物流、飲食、保育、文化産業など、都市の日常を支える人材が通勤時間と住居費の負担から排除されれば、都心機能は長続きしません。渋谷の価値を高めるのは大型テナントだけでなく、地域の仕事と生活の厚みです。

一方で、渋谷のような高需要エリアでは、割安住宅が少数の希少住戸になり、入居機会の公平性が問題になりやすいです。抽選、所得確認、更新審査、転貸防止、退去後の再募集ルールを透明にしなければ、制度への信頼は保てません。不動産事業者にとっても、曖昧な運用は将来の紛争リスクになります。

割安住宅を定着させる運用リスク

アフォーダブル住宅を容積率緩和の条件にする政策は、設計次第で効果が大きく変わります。第一のリスクは、供給戸数だけが目標化され、家賃、面積、管理期間、更新条件が後回しになることです。見かけ上は住宅が増えても、入居できる層が限定されすぎたり、短期間で通常賃料に戻ったりすれば、都市政策としての効果は薄まります。

第二のリスクは、行政と事業者の役割分担です。東京都の住宅整備指針では、受皿住宅の整備時に区等との協議を行い、規模や所有、管理の役割分担を確認する考え方が示されています。割安住宅でも同じように、都、区、事業者、運営会社の責任範囲を明確にする必要があります。誰が賃料を監視し、誰が入居資格を審査し、誰が修繕費の負担を判断するのかを曖昧にできません。

第三のリスクは、建設費と金利の変動です。工事費が上がると、事業者は追加床の収益で政策住宅の負担を吸収しにくくなります。結果として、住宅の戸数を絞る、住戸面積を小さくする、共用部の質を落とすといった圧力が生じます。東京都住宅着工統計は、住宅政策立案の基礎資料として、国土交通省の建築着工統計を東京都分について編集・公表しているものです。今後は着工戸数だけでなく、貸家、共同住宅、分譲住宅の変化を見ながら、制度が実際の供給に効いているかを検証する必要があります。

第四のリスクは、地域との接続です。東京都住宅マスタープランは、2021年度から2030年度までの10年間を計画期間とし、住宅施策を総合的かつ計画的に推進する方針を掲げています。また、住宅市街地の開発整備の方針では、23区及び26市2町で428地区、約18,988ヘクタールの重点地区を指定していると説明されています。都心の割安住宅は、この広い住宅政策の一部であり、単発の再開発特典ではありません。周辺の住宅市街地、交通、保育、防災、空き家活用と接続して初めて意味を持ちます。

不動産事業者が注視すべき制度設計

今回の政策を読むうえで、事業者が最も注視すべき点は、容積率緩和の評価が「何を、どこまで、何年間」求める制度になるかです。床面積の追加だけを見れば再開発の追い風ですが、割安住宅の運営義務が長期に及ぶなら、出口戦略、資産評価、金融機関の融資条件にも影響します。

行政側に必要なのは、制度の透明性です。対象地区、評価方法、住宅の賃料設定、入居資格、管理期間、条件違反時の是正措置を公表し、都市計画手続きの中で確認できる形にすることが欠かせません。住生活総合調査のような基礎調査と、住宅着工統計、都市再生特別地区の決定状況を組み合わせ、制度導入後の検証指標もあらかじめ設計すべきです。

読者が注目すべき点は、築地や渋谷の再開発が高層ビルの規模競争にとどまるのか、それとも都心で働き暮らす人を支える住宅政策に変わるのかです。容積率緩和は強力な政策手段ですが、公共貢献の質を測る物差しが弱ければ、都市の利益は床の増加に吸収されます。割安住宅を都心の恒久的な生活基盤にできるかが、東京都の次の再開発政策の試金石になります。

参考資料:

田中 健司

製造業・建設・インフラ

製造業・建設・インフラ産業を中心に取材。大企業の事業再編から建設現場の人手不足問題まで、日本の産業基盤の変化を追い続ける。

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