東洋食品が育休改革で離職率半減させた秘訣とは
はじめに
「育休を取っていいの?」——こうした声が職場で上がること自体が、日本企業の意識改革の遅れを象徴しています。2024年度の調査では男性の育児休業取得率が40.5%と過去最高を記録しましたが、取得をためらう空気は依然として多くの企業に残っています。
こうした中、学校給食大手の株式会社東洋食品では、専務取締役の荻久保瑞穂氏が中心となり、育休取得と復職を支援する制度改革を推進してきました。従業員の8割を女性が占める同社で、かつてはびこっていた「妊娠したら辞める」という空気をどう変えたのか。その取り組みは、業種を問わず多くの企業にとって参考になるものです。
東洋食品の企業概要と課題の背景
日本の小中学生6人に1人の給食を支える企業
東洋食品は1966年に創業した学校給食専門の企業です。全国43都道府県で事業を展開し、1日あたり約142万食を提供しています。日本の小中学生の6人に1人が同社の給食を食べている計算です。従業員数は約1万7,000人で、そのうち約1万4,000人が女性です。
創業以来半世紀を超えて「食中毒ゼロ」を維持しており、HACCPの概念に基づく独自の衛生管理体制が特徴です。給食センター方式と自校方式の両方を受託しており、全国で300カ所以上の給食センターを運営しています。
女性が8割の職場で起きていた問題
従業員の約8割が女性であるにもかかわらず、かつて同社では女性管理職の比率は4割弱にとどまっていました。「女性は妊娠したら辞める」という空気が職場に漂い、育休を取得すること自体にためらいがある環境だったのです。
荻久保氏自身も、2016年に金融業界から東洋食品に入社し、出産・育児を経験する中で、復職のハードルの高さを実感しました。制度が整っていても、それを活用しやすい雰囲気がなければ意味がないという課題に直面したのです。
メンター制度と複線型キャリアによる改革
育休復職率95%を実現したメンター制度
荻久保氏が最初に着手したのが、メンター制度の導入です。育休から復帰する社員を対象に、月1回のペースで先輩社員が面談を行う仕組みを構築しました。復職前の不安を解消し、スムーズな職場復帰を支援することが狙いです。
このメンター制度は新卒社員にも適用されており、入社後の定着率向上にも貢献しています。結果として、育休後の復職率は95%を達成しました。制度の存在だけでなく、「復帰しても大丈夫」という安心感を職場全体で醸成できたことが大きな要因です。
全国型と地域型の複線キャリア制度
キャリアパスの整備も重要な柱です。東洋食品では、2つのコースを設けています。1つは自宅から通える範囲でキャリアアップを目指す「地域型」です。もう1つは全国への転勤を伴い、新しい給食センターの立ち上げなどに携わる「全国型」です。
ライフステージに応じてコースを選択できるため、育児中の社員も無理なくキャリアを継続できます。この柔軟な制度設計が、女性管理職比率を4割弱から6割超にまで引き上げる原動力となりました。
退職者の再雇用制度も整備
さらに、やむを得ず退職した社員が復帰できる再雇用制度も導入しています。育児や介護で一時的に離職しても、再び戻れる道があることは、社員の安心感を大きく高めます。これらの制度を組み合わせた結果、離職率は業界平均の27%に対して14%と、ほぼ半減する成果を上げています。
法改正が後押しする育休改革の波
2025年の育児・介護休業法改正
東洋食品の取り組みは、法制度の変化とも合致しています。2025年4月から、男性の育児休業取得率の公表義務が従業員300人超の企業にまで拡大されました。さらに、手取りが実質100%に近づく「出生後休業支援給付金」も創設され、共働き・共育てを促進する環境整備が進んでいます。
政府は2025年に男性育休取得率50%、2030年度に85%という目標を掲げています。しかし、制度を整えるだけでは十分ではありません。東洋食品の事例が示すように、職場全体の意識改革と、復職を支える具体的な仕組みが不可欠です。
中小企業にも広がる意識改革の必要性
特に中小企業では、人員に余裕がなく、育休取得が業務の負担増に直結しやすいという課題があります。東洋食品のように全国1万7,000人規模の企業でも、現場レベルでは少人数の給食センター単位で運営されているため、同様の困難を抱えていました。
重要なのは、トップダウンでの方針表明と、現場が実践しやすい具体的な制度を同時に整備することです。荻久保氏の改革は、経営者自身が育児の大変さを経験し、その実感に基づいて制度を設計した点に説得力があります。
注意点・展望
東洋食品の成功事例を他社が取り入れる際には、いくつかの注意点があります。まず、メンター制度は導入するだけでは機能しません。メンター側への研修や、面談の質を維持する仕組みが重要です。
また、複線型キャリア制度は、コース間の待遇格差が生まれないよう設計する必要があります。地域型を選んだ社員が昇進で不利にならない仕組みがなければ、制度は形骸化してしまいます。
今後は、2026年の女性活躍推進法の改正も見据え、企業にはより実効性のある取り組みが求められます。東洋食品のように、制度と文化の両面から改革を進める企業が増えることが期待されます。
まとめ
東洋食品の事例は、育休改革が単なる制度導入ではなく、職場の意識改革とセットで進めるべきものであることを示しています。メンター制度による復職支援、複線型キャリアによる柔軟な働き方、再雇用制度によるセーフティネットの3本柱が、離職率半減という具体的な成果につながりました。
育休を「取っていいの?」と問う声がなくなる職場づくりは、すべての企業にとっての課題です。荻久保氏の改革に見られるように、経営層自身の経験と実感に裏打ちされた制度設計が、真の意識改革への第一歩となるのではないでしょうか。
参考資料:
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